6)銭婆と釜爺
「まったくあなたって人は!いつまで若いつもりでいるの!素手で火をつけようとする人がありますか!腕を切り落とす気?」
意識を取り戻した釜爺の枕元で銭婆は大層怒っていた。
「面目ねぇ……」
布団に横たわりながら、釜爺は照れたように頭をかいた。
「でもなあ、オイルの調整を失敗したのはワシだし、最近は坊もボイラーを使えるようになっとったからな、せめて責任をと……」
ちらちらと銭婆やハク、坊の方を見ながら釜爺が言い訳をする子供のようにぶうくさとつぶやく。
「とんだ年寄りの冷や水よ?ここには妹もいるし、そこに白龍だっているでしょう、困りごとがあるなら相談なさい!……まったく、子供みたいなんだから!」
一方銭婆の方は子供をしかりとばす母親のようだ。
「けどなあ、銭婆、なんでワシが火をつけようとしているとわかったんだ?」
「偶々よ、偶々妹をからかいに来たら、ボイラーの調子が悪いと聞いたから……」
ごとり、と、音がして、銭婆の懐から水晶玉が零れ落ちた。
像は釜爺の今の様子を結んだところで停止している。
まるで、さっきまで釜爺を見つめ続けていたように……。
とたんに、銭婆の顔が深紅にそまり、ボッ、と音をたてて煙が吹き上がった。
「もう大丈夫でしょう?私は失礼させていただくわ」
ふい、と、そっぽを向いて銭婆が言う。その仕草が、千尋にはとてもかわいらしく見えた。
「待ちな」
と、釜爺が止める。
「久しぶりじゃねぇか、たまには昔話でもしようや、なあハク、もう上は落ち着いたんだろう?」
「ええ、そうですね、いかがですか?たまには」
ハクも促す。
「帰るわ、用なんてないもの」
立ち上がり、去ろうとする銭婆に、
「ううううっ……頭がっ……」
とたんに釜爺が頭を抑えて苦しみだす。
「だ……大丈夫?」
あわてた銭婆が心配そうに覗き込むと、釜爺は銭婆の手をとり、自分の方へ引き寄せた。
「ああ、大丈夫、大丈夫だが、もうちょっとここへいてはくれんか?」
見ているこちらが恥ずかしいとばかりに、ハクと千尋と坊はアテられた感じでボイラー室を後にした。
「あの二人……昔何かあったのかな」
ぽつり、と、坊が言った。
「さあ、どうだろうね……」
微笑んでハクが言った。
その笑顔は含むところの無い、もしかしたら今まで見た中で一番優しそうな笑顔かもしれない、と、千尋は思った。
そして、その笑顔を、かつてどこかで見たような気がする……とも思い始めていた。