「雪が見たいな…」
ハクの腕の中で、千尋が呟く。
「雪なら窓からいくらでも見れように」
そう言って、千尋の髪をなぜるハクの指先は驚くほどやさしい。
「ううん、もっと近く、もっと雪のすぐそばで…、…だめ?」
千尋が何かを、こうしてねだるのは初めてだったので、ハクは、起き上がると、クローゼットから、いくつか服を見繕い、千尋に着せた。そうして、抱き上げると、鍵のかかった窓を開け、雪の降りしきる闇夜に踊りだした。
宙を舞う飛翔感とはうらはらに、支える手は変わらず冷たく、そして、落ちていく闇におののいて、千尋は体をこわばらせた。
すとん、と降り立った中庭の石灯籠に、ほのかな明かりが灯った。
「さあ、御所望の雪だ、満足したか?」
そうして眺めた雪は確かに美しいが、ハクの腕は変わらず千尋を抱き、その腕の戒めは解かれることが無い。
「…降ろして」
「だめだ」
即答で返される。
「風邪をひく」
…いっそ、風邪をこじらせて、命を絶ってしまったら、ここから抜け出せるのだろうか、と、千尋は思った、…が、今度はその魂もからめとられ、未来永劫、ここから出られないような恐怖も感じる。だが、千尋は簡単には引き下がらなかった。
「降ろして」
千尋が、初めてまっすぐにハクを見て、言った。
ハクは、軽くため息をつくと、千尋を雪の上に降ろした。
雪の冷たささえも心地よく、千尋は大きく息を吸い込むと、うずくまって雪の塊を作り始めた。
黙々と、雪を積んでいく千尋を、ハクは黙って見守っている。ほどなくして、千尋が一塊の雪像を作り出した。雪ウサギ、と言うにはいささか大きく、無骨なそれは…。
「雪の、竜よ、白い、白い雪の竜…」
素足のまま、素手で作られたそれは、精緻にはほど遠く、千尋の足も、手も、雪の冷気で真っ赤になっている。それは、ひどく滑稽で、だが、ハクはとても笑う気にはなれず、気の済んだ様子の千尋をかかえて、湯殿に湯を張り、千尋を浸した。
「きれいね、白い、白い、竜…」
ちゃぷちゃぷと、湯の中で手足を伸ばす千尋の瞳に、ハクは、映ってはいなかった。