ぴしゃん…、ぴしゃん…。
かすかな水音に、千尋は目を覚ました。煌煌と月明かりが照らす室内には自分だけ。生きているものの気配は無い。静まり返った真夜中に、耳をすませば。
ぴしゃん…、ぴしゃん…、ぴしゃん…。
たしかに聞こえる、水の音。
息を殺して、身を潜めると、水の音が、千尋の部屋の前で…、止まった。鍵を開ける音。しかし、それは、いつもと足音が異なる。…では誰が?
ゆっくりと、扉が開き、夜気と冷気がしん、とした部屋に入り込む。
「…ああ…」
懐かしい、顔。同じはずなのに、同じ顔のはずなのに。
「ハク…」
月明かりの見せた幻か、そこに立っていたのは、消えたはずのハクだった。
「…チ…ヒ…ロ…?」
ぎこちなく、呼びかける、声。
駆け寄って、抱きしめると、彼はひどく冷たくて…。悲しそうな顔が、千尋を見下ろす。
まっすぐに、千尋が微笑みを返す。涙で、像がぶれていた。だが、それはまぎれもなく…。
緋色の襦袢に、白い着物が映えて、抱きあう二人の影が格子戸の影に重なる。
夢かもしれない、幻かもしれない。けれども、再び出会えた喜びに、千尋は思考を放棄した。冷たい抱擁に包まれて、瞳を閉じる。冴え冴えと。照る。月明かりの下で…。