そして、紅、雪を染め。鮮やかに咲く、罪色の…花。
千尋は、初めてそこで、安らいだ寝息をたてて眠っている。
白い衣に包まれて。
仮初の身をもってしてハクは、その安らいだ寝息を守らんと、まどろむ千尋を抱いていた。
そして、突然、扉が開く。
怒気をはらんで、立っているのは、同じ顔の魔性…、否、もはや、この場に、聖なるものなどおりはしなかった。
白い衣のハクが、意地の悪い笑みを見せる。掌中にある千尋をいとおしく抱きながら。
「やあ…来たね」
千尋は、何も気づかず、眠っているようだった。
「何故ここにいる、お前の居場所は、私の身のうちのはず」
戸口に立ちすくんだまま、黒衣の魔物が言葉を返す。
「そうだね、僕は、元々君の一部だったはず…けれど、呼ばれたんだ、僕は、千尋に」
眠る千尋を更に強く腕に抱く。
「気づかないのかい?僕と君は同質のモノ、…そう、その狂気さえも」
冷たい指先が、ゆるやかに、千尋の首にかかる。鬱血し、喉がわずかに赤く染まる。
「何をする気だ…」
「わかるだろう?…君ならば」
見据えた瞳の先にある、黒い魔物がたじろいだ。
「千尋」
そっと、耳元で囁く。
「起きているんだろう?…千尋?」
すると、ゆっくりと、千尋の眼が開いた。
「…ハク…ハク…」
千尋の腕が、ハクの首に絡む。
「千尋が、僕の宿る場所を作ってくれたんだよ…、もちろん、それは仮初のものだけれど…ね、さあ、千尋、行こうか」
千尋を抱えあげると、格子戸を開ける、既に夜明けが近づいており、地平線はうっすらと明るくなっている。
「馬鹿な!!千尋、置いていくのか、私を…っ」
「ダメだ、もう、千尋に君の声は届かない」
哀れむように、笑うと、白い衣と、赤い衣が、空に舞った。ひらひらと、ゆっくりと、落ちていく二人の姿を、黒衣の魔物は、取り戻そうと手を伸ばす…。
堕ちてゆく…。
白い、雪が…、赤く染まる。
「千尋ッ…」
見ると、雪の上には、千尋の作った粗末な雪像。そして、折り重なるようにして、深紅の花を咲かせて倒れる千尋の姿があった。
無遠慮な日の光が、身を焼くように降り注いでいた…。