夢の話・三題


2.温浴天女

「今の…人っ、二人のハクが見えてた…」

 闇に消えた女を見て、動揺のあまり意識を失った千尋を背負って、白ハクは黒ハクの案内でマンションまでやって来た。協力体制がとれたのは一重に人目を気にする千尋への配慮だったと考えられる。黒ハクが千尋を担いで連れて帰ることも実は可能ではあった。…が、第三者の視点からみたら、意識を失った少女が中空に浮いているように見えたであろう。黒ハクとしては不本意ではあったが、何より千尋の事が第一で…。

 千尋をベッドに寝かしつけると、リビングで電話が鳴った。…流石に、電話に出るのはまずいのではないか、と、放っておくと、機械的な留守番電話のメッセージのに、千尋の父親の声が続く。

「…あー、千尋、父さんは今日…っと、多分明日も、仕事で遅くなるから、…もしかしたら帰れないかもしれない。戸締りに気を付けて…、明後日の始業式にはちゃんと出るから。…スマン」

 そもそも、千尋の父親が地方に転勤となり、家を買う事になったのは、それなりのポストに栄転が決まったためだった。だが、社内で新規事業を起こすにあたり、立ち上げまでの期間、手伝って欲しい、という、元上司のたっての依頼で1〜2年、本社新規事業推進スタッフになったのが単身赴任の理由だった。少々強引で、押しの強い性格は、社内ではかなり評価が高く、荻野父はかなり優秀な技師だと言えるだろう。

 それにしても、父親が戻って来ないとなると、千尋をこのままにして帰るのは不安だ。

 キッチンで氷を砕き、タオルを絞ると、白ハクは千尋の部屋へ向かった。ベッドサイドでは黒ハクが心配そうに千尋を見守っている。

「…なんだ、お前、まだ帰らんのか」

 憮然として、黒ハクが言う。

「今はとにかく千尋の容態が落ち着かないと…」

 タオルを額にのせる、…が、額の熱はタオルの冷気を瞬く間に吸い取ってしまう。苦しそうな息づかいが、高熱を物語る。
 着替えもさせずに布団に入っている千尋の汗を拭くべきか、あるいは着替えさせるべきなのだろうが…、父親は帰って来ないかもしれない、このままにしておくのは、少なくとも「いいこと」とは思えなかった。

 …だからといっても。

 黒ハクと千尋を、交互にハクは見つめた。

「…このままにしておくわけにはいかぬな…」

 黒ハクもまた、千尋を案じている。

 汗を拭くにしろ、着替えをさせるにしろ、越えねばならない難関はいくつもあった。直接、肌を見る…のは、マズい。し、着替え…を、探す…、となると、その、下着…も探さなくてはならないだろう。

 困惑する白ハクを尻目に黒ハクはテキパキと着替えを探し出した。

「なっ…、君、それをどこから」

「普段見て知っている」

 しれっと言う、この黒衣の魔物に、青年は軽い嫉妬と怒りを覚えたが、今はともかく非常事態だ。

 しかし、だまって掛け布団をはがそうとした黒ハクの手を白ハクの手が留めた。

「…邪魔をする気か?」

「そうじゃない、…ただ…」

「…ただ?」

 押し黙る白ハクに、黒ハクがため息をついた。

「直接触れねばいいのか?」

「何?」

 言うやいなや、黒ハクは両掌を合わせ、意識を集中し始めた。手の中に小さな水の珠ができる。見る間に珠は大きくなっていき、千尋の体を覆うほどに大きくなった。

 水の塊がするりと千尋の服の隙間に入り込む。一瞬、千尋の顔が紅潮し、ビクン!と震えた。うねる水の塊が千尋の体の隅々まで滑っていく。塊が動くたびに、千尋の喉の奥からかすかな喘ぎ声が聞こえてくる。

 器用にも、水の珠の粒ひとつひとつが服を脱がせていく。セーターが捲くりあがり、白い下着が覗き見えた時…。

「わーーーーーーーーーーっっっ!!」

 と叫んで白ハクが黒ハクの目を覆った。もちろん自分自身は目を瞑っている。

「何をする!」

「君こそどういうつもりだ!」

「とにかく着替えさせなければいいのだろう?直接触れているわけではない」

 黒ハクの言葉に、白ハクの手がどいた。千尋は、すっかり裸体となって、水の塊の中にいた。正しくは水ではない、それは適度な温度の湯のようだった。その、湯の塊は、不思議な事に、外を濡らす事は無く、着替えを取り込むと、器用に服を着せていった。

 つまり、結局白ハクは一部始終を見守ってしまったわけだった。


 闇の中で、水の檻に囚われた裸身の娘と、黒衣の魔者が立っている。魔物の指先が動くたびに、塊が震え、中の娘の顔が快楽に歪む。ぴっちりと閉じられた足は次第にしどけなく開き、水の中の娘が悶え始める。娘の悦楽が頂点に達しようとした刹那、魔物の腕が水の檻を貫き、どろどろと瓦解していく。しとど濡れた娘を片腕に抱いて、魔物の指先が娘に直接触れると、娘の両腕が魔物に絡み付いていく。まぐわう二人の片方の、顔が自分と同じ事に気づいた瞬間。


「…夢か」

 キッチンでダイニングテーブルにもたれたまま、自分は眠ってしまったんだと、白ハクは気づいた。

 …なんて、夢だろうか、夢の中の、しどけない千尋を思い出して赤面する。

 夢は深層意識のあらわれとも言うが、だとしたらなんて直接的な、比喩も暗喩の象徴もない、まま、願望のような、…夢。愛しい者をそうした対象として見る事に対して嫌悪感を感じるほど潔癖ではないが、それにしても、あれはあんまりだったと反省する。

 ことり、と、人の気配がして振り向くと、そこにはパジャマにガウンを羽織って裸足のままの千尋が立っていた。

 先ほどの夢の今なので、白ハクは罪の意識に震えた。不思議な事に、いつも出てきては邪魔をする例の「黒いの」の気配は不思議な程感じられなかった。

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