器のない身は、ただそこに「ある」というだけで、消耗していく。安定しない場を維持し続けるのは容易な事ではなく、絶えずエネルギーを摂取する必要があった。だからこそ、補給は何より重要で、そして、だからといって、最も高いエネルギー保有者、人間、からそれを奪うことを、少女が許すとは思えず、結果、ただそこにあり続ける為に、人知れず努めていたハクであったが…。
「そうして、人の姿をとるだけでも随分と消耗するのではないかえ?」
これがかつて薄闇にわだかまっていたモノと同じとは…、とハクはいらだたしく見据えた。
「…器を得て、己が分もわきまえぬようになったか…、身のほどを知れ」
それは精一杯の虚勢でもある。だが、そう言って、水妖妃をねめつける気迫は、虚勢を凌駕するに充分であったのか、気おされて水妖妃はわずかにたじろいだ。が、すぐに、
「その勢いがいつまでもつか…」
そう言って、喉の奥をくつくつと鳴らす。
ハクは、入念に周囲の気配を探った。理沙と、その父親らしい壮年の男が一人、と、少年が一人。おそらくは理沙の弟であろう。先ほど、千尋達を出迎えたはずの、理沙の母親の姿は無い。
「そうか、それは、理沙の母親の器か…」
独り言のように呟いたが、その声は届いていたらしい。
「そうよ、忌々しい、巫女の血を引く女よ…。我が血に連なる娘共は、代々わらわのヨリシロとなるがしきたりであったはずだというのに…、しゃしゃり出おって。…難儀しておったが、『さるお方の助力』にて、巫女の力ごと取り込んでくれたわ!わらわが力、その身で知れ!」
水妖妃の髪が乱れ、力の塊がハクを吹き飛ばした。一度四散した靄が、再び形を成した時、その姿は弱まり、形はわずかにおぼろとなる。
「…くっ…」
もはや、人の姿をとるのは苦痛でしかなかったが、わずかな力をひきしぼり、ハクはかろうじて姿を留めている。千尋の気配がは感じられなかったが、ギリギリで喪失感は無い。不本意ではあるが、それは半身である、人間が傍にいる事を示していた。千尋一人であったなら、何をしてでも探し出したであろうが、奴が傍にいるいのであれば…、と、実は、心の底では(こと千尋の関してのみは)例の存在を肯定している我が身に気づいて、ハクは苦笑した。
「何が可笑しい!」
怒鳴る水妖妃の爪が、更にハクの漂う気配を切り裂き、霧散する。
「お前も、取り込んでくれよう…この器に!」
水妖妃の周りを、黒い靄がとりまき始めた。
いかんな、このままでは…、と、思うが、もはや力が入らない。消えてしまうのか、このまま…。と、ハクは心の中で千尋の名を呼んだ。