「…、千尋…。千尋!」
呼ぶ声に起こされて、湿気た岩の上にいる事に気が付いた。千尋は、しばらく周囲の様子がわからず、自分の置かれている場所に気づくのにきょろきょろと周囲を見回した。目がまだ慣れず、目を閉じているのかと、まぶたを見開いても、すぐに周囲の様子はわからなかった。傍に、ハクがいるのがわかった…。けれども。
「…いない?」
先ほどまで一緒にいたはずのもう一人の存在がない。闇の中で、千尋は錯乱しそうになった。
「ハク!?ハク!どこ?」
叫ぶや、ぐいっと力強い手が千尋を抱きしめた。
「千尋、僕は、ここだ、ここにいるから!」
目の前にに、確かな暖かな存在を感じて、千尋は一瞬安堵したが。
「だけど、あいつはいない…、僕が気づいた時には、もう…」
ハクの鼓動が、自分よりもずっと早いのを感じ、千尋は思った。ハクは、もしかしたら、私よりも動揺しているのかもしれない…と。
「どこだろうか…ここは、かすかに、水の香りがする、…地下の、水脈、だろうか」
そう言って、ハクは、息を整え、耳を済ませる。千尋もそれに習った。息を整えると、互いの鼓動だけが聞こえてくる。胎内に帰ったような錯覚を覚え、陶然とした時、かすかに、せせらぎの音が聞こえた。
「水が…あるね」ハクが言う。
「うん、流れている音がする」千尋が言う。
鼓動の音と、せせらぎに耳をすます。互いに目を閉じていると、ふいに、まぶたの向こうで、何かがぼうっと光のがわかった。ゆっくりと、目を開くと、ハクと千尋の前に、その身ごと青白い燐光をまとった少年が立っていた。無表情な面をつけている。長い髪を降ろし、唐織のあでやかな衣装をまとっているが、小柄で、立ち上がった千尋の半分にも満たない背丈だった。
「母者の作りし水の流れに巻き込まれたか、そなたら」
高い、澄んだボーイソプラノが、千尋達に向かって口をきいた。