「…警告はした筈であったが?」
ハクの対する向こう側に、女が一人立っている。漆黒の黒髪つややかに長く、波濤を映す衣は濃紺の単。髪には沢山の飾りのついた銀細工の冠。だが、その表情は変わらずにうつろで、あざやかに隈取られたがゆえに、いっそう落ち窪んだ瞳の闇が浮かび立つ。かつて対峙したときよりもはるかに強い力を感じつつも、たじろがずに言い放つ。
「…警告?…ああ、わらわを消すとか申しておったな、映し身の力なき龍が、だいそれた事を…」
かつて、闇に隠れてうめいていた姿は、そこには無く、自信に満ちた姿がある。
「見るがいい、この身を、力を、わらわは手に入れたぞ、己が力を充分にふるう器を!」
虚ろな瞳に笑みが浮かぶ。
一閃した指先で、壁が崩れ、うずくまり、意識を失っている様子の理沙と、他数名、理沙の家族らしい者達の、倒れている姿があった。
「これは、わらわの血に連なるものどもよ、本来であれば、…ほれ、そこに倒れている娘こそが定められしわが器であったが、いまいましい母親のせいで望みかなわず、力、たらず、影に甘んじていたが見よ!」
再び、無作為に壁を壊していく。
「ほっほっほっ、…そして、あの千尋とかいう娘を得た今、わらわは更なる力を手に入れるのだ」
「…チッ!」
忌々しく、ハクは舌打ちをした。先ほどからの気がかり、姿はおろか、気配さえつかめない、守るべき、娘の存在を…。
春だというのに、そこはひどく寒かった。長い時が過ぎたようでもあり、また、一瞬のようでもあった。起き上がると、ひどく湿気のある場所だというのがわかった。黴の匂いをはらんだような、重い空気がまといつくようにはりついてくる。
ハクは、まず千尋の姿を探し、すぐそばでうずくまる彼女を見つけ、胸をなでおろした。
そして、自分の半身が見当たらないことに気がつき、はっとした。