水妖妃(3)


 日が暮れてしばし、いまだ気配が闇に染まりきらぬ刻限の河川敷、停車したきり、車は動かない。国産のツーシーターに乗っている二人は、知らぬ者から見れば恋人同士にもみえたかもしれない。しかし、車内の空気は重く、甘いものとは程遠かった。

「…で?」

 祝子は既に二本目を灰にし、三本目に火をつけた。薄闇に、ライターの明かりがほの赤く灯る。細く煙を吐き出す。それは溜息のようでもあった。

「どういうつもり?あの娘を見つけたのは私。見つけた場所も私の管轄区内、あなたが口を出す権利も義理もないはずでしょう?…しかも有休をとってまで、何があるの?あの娘には」

 ウインカーの音が奇妙に響く。

「…実験だよ」

 ぽつり、と、ハンドルにつっぷした鈴鹿がつぶやいた。

「実験?」

 シートに身を委ねていた祝子が起き上がって聞き返した。

「そう、実験、とても、長い、長い時間をかけた」

 薄暗く、鈴鹿の表情がいまひとつ読めない。こいつはいつだってそうだ、と、祝子は思う。かつては、肩を並べて歩いた事もある。誰よりも、近しいと思った事も…。だが、それが錯覚である事に気づいた時、祝子は自ら距離をとった。どんなに近くにいても、どんなに触れても、崇志は遠く、つかみどころが無かった。

 それでも、こうして関わりを持とうとしてしまう自分の感情を、もてあましていた。ウインカーの音よりも半拍早い鼓動は、さらに速度を増し、いつもより煙草の本数が多い。

「じゃあ、あなたは、あの娘を知っていたの?」

 己の動揺を隠すように、祝子は質問を続けた。

「妬いてるの?」

 悪戯っぽい表情を浮かべているのが、何となくわかった。こうしていると、かつての崇志と変わらないのではないか、とも思う。だが、祝子は心の中でそれを否定した。そう、すべては、見せかけの作り事に違いないのだ。

「馬鹿言わないでよ、…はぐらかす気?話す気が無いなら私は…」

「無理してるね」

 ドアにかけた手を、祝子の体に覆い被さるように鈴鹿が止めた。

 はぐらかそうとしている、と、祝子は思った、が、流される。愚かなことだ、と、心の隅で思いながら。

To be continued…

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