肺の中まで水に満たされる頃、幼子は既にこときれていたはずだった。目を向いて、体にくくられた重しに引かれるように、水底へ落ちていく。澄んだ水の向こうで、言葉を知らないままに、だが、その瞳は、自分の身にふりかかった災厄を自覚して、相手をなじるようでもあり、何が起こったのか、わからない戸惑いのようでもあり…。
我が子を水へ委ねた母親は、結った髪を解き、続いて我が身をも川面に続く。
蝉時雨は鎮魂になるのだろうか。
響き渡る、叩きつける。空気の振動。
皮肉なほどに、ぬける青空に思う。
罪を負うべきは自分ではないはずではなかったのか。
…引き裂かれる衣の音。
酒気を帯びた熱っぽい息がかかる。
それは、熱帯夜の夜のことだった。
部屋で一人眠っていたところにあらわれた闖入者。
まずは口を塞がれた。布のかたまりを押し込められ、声が殺される。
這いずり回る指先と、舌。
腕を掴まれ、逃げる事もできず、したたか頬を殴られた。
のしかかる重み。
暴力という名の愛撫。
だが、その行為に、果たして愛はあったのか。
考えてもせんなきは、なされてしまった事実とあかし。
白くあけていく空を、空しく眺める頃まで、嬲られ、娘は、汚された。
では、呪おう。
黒髪が、川面に禍禍しく広がる。
我が身を汚したすべてのものを。
母の体の、心音が途絶える。
愛すべき我が子を愛せなかった母親は、贖罪に呪詛を選んだ。
…未来永劫、たとえこの身を失っても。
そして、母が、子供を伴って川に消えたちょうど一月後の同じ日に、彼女にとっては叔父にあたる、近隣でも評判の好色漢が、死んだ。