水妖妃(2)


 かつて、ハクがそうしたように、同様、暗がりに潜んでいる「モノ」に向かって男が声をかける。

「おや、これは思わぬ拾い物のようだ」

 つかつかとそれに歩みより、闇の中から引き釣りだすように、暗がりに潜む「モノ」の髪を掴みだした。

「探し物は見つかったか?」

 暗がりで、男がことよせる。亜麻色の髪は、光を映し、薄闇の中でもぼんやりと輝いているように見える。

「本当に、あきれるくらい手ごろだよ、お前は…、お前に名をくれてやる『水妖妃』水を統べる名だ」

 男が名づけると、見る間に「モノ」ははっきりと形をとった。漆黒の黒髪つややかに長く、波濤を映す衣は濃紺の単。髪には沢山の飾りのついた銀細工の冠。だが、その表情は変わらずにうつろで、あざやかに隈取られたがゆえに、いっそう落ち窪んだ瞳の闇が浮かび立つ。

「あ…ァ…あ…」

 『水妖妃』と名づけられたソレは、言葉を声にしようと、喉の奥を鳴らした。

「さあ、これで事がやりやすくなったろう?…行け、水妖妃、探しものは…すぐそこだ」

 男の命じるままに、水妖妃の足元に水溜りができたかと思うと、すう、と、吸い込まれるように水の中へ潜っていき、後には何も残らなかった…。

*********

 目的地でタクシーを降りる、一応領収書はとったが、経費になる可能性はきわめて低い。物部祝子が、その女子高の前に来たとき、ちょうど校門から、探し人が出てくるのが見えた。チッ、と軽く舌打ちをし、大きなストライドで校門に向かって歩き出す。

「体の方はもういいのかい?」

 しれっと、その男、鈴鹿崇志が答える。

「おかげさまで、ウチの課は、突然人一人休んで回るほど人足りてないもんですから」

 痛み止めを飲んだ頭は、少しぼぅっとしている、が、祝子はひるまずに答えた。

「何であんたがここにいるのか、話はそこからよ!」

 畳み掛けるように続ける祝子の攻勢に少しもひるまず、鈴鹿は涼しい顔をしている。

「あまり顔色が良くないね、…どこかで休もうか?車を回してくるよ」

 そうして微笑む鈴鹿の顔は、害意などひとつももたないように見えるだろう、彼を良く知らない第三者が見たならば。しかし、まったく会話を取り合わないのは、彼としては、話す気がまったくないことの意思表示でもあり…。

「僕の助手席が嫌でなければ…だけれど?」

 それは、同乗しなければ、話さない、という、意に他ならなかった。

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