本当に変わった奴だな、と、リンはこの常連客について思う。リンが店に出るか出ないかの頃から、週に二日ほど。日がたつにつれ、その間隔は短くなり、今となってはほとんど毎日、唐沢祐介はやって来る。滞在時間はまちまち。食事をしてからのんびり読書をしていたり、ノートパソコンをもてあそんだり。コーヒーだけ飲んでさっさと立ち去ったり。数日来なかったかな?と思う頃にはまたやって来る。もともと、それほど客の入りのいい店ではないので、すぐに顔を覚えてしまった。りりしい、とは言いがたい。が、どこか人懐こく、親しみのある顔だった。短い髪はサラサラとしていて、子供のようだったし、口元にしまりは無いが、目元はおだやかで、湯屋でくつろぐ神々の風情がどことなくある。鷹揚、とでもいうのか、泰然自若、というと誉めすぎかもしれないが、何だかんだ言ってリンはこの常連客をいつのまにか待っている自分に気づいた。
リンは自分の容貌に必要以上の自負心は持っていなかった。お姐様方はどちらかというとぽっちゃりとした下膨れで、色が白い瓜実顔。自分は…といえば、やたらと長い手足に、色黒ではないが、かといって、白雪のような肌とは言いがたく、吊り上った大きな瞳は、いかにも不恰好な気がする。(それが、こちらの世界でいわゆる美人の範疇に入ることを、リンは知らない)かといって、カオナシのように料理や裁縫、編物が得意というわけでもない。かつての事件(ハクの魂が人形に宿り、元の世界に戻った千尋を不思議の町に連れ戻そうとした一件)の折、護身術代わりにいくつかの魔法を銭婆から習いはしたが、それとて、身をたてるには至らない。
「いつか、あの、川の向こうの町へ」
それは、リンのひそやかな望みでもあったが、頼るものなく、一人で生きていくということに、きっぱりとした自信を持ってはいなかった。
今、こうして、油屋のこちら側の世界出張所のような海月堂で働いてはいるが、それとて、心から望んで得た職ではなかった。しかし、だからといって、では何がやりたいか、と考えるといつも考えにつまってしまう。堂々めぐり、出口の無い。そんな折、その常連、祐介の存在に気がついた。
時に、疲労困憊していることもある。
時に、何も考えずにほうけていることもある。
だが、ふと、視線が合ったときに、交わす笑顔はいつもと同じで変わらない。
「…何が楽しいんだ、コイツ」
と、リンは思う。
疲れた時や、
悩んでいる時に、リンの顔を見るだけで幸せになる男がいる、という事に、もしもリンが気がついたら、彼女の悩みも少しは軽くなるのだろうか。
年回りの近い男のいない環境に長く身を置いていたせいか、リンはひどくソチラ方面には鈍感だった。客の神々の中には、もちろん容色の美々しい者もいるにはいたが、リンはめったに客の前に出ることはなかったし、ついぞ宴席に侍る事も、着飾って舞う事もなく、手折られないまま、ここにいる。
だから、祐介の熱っぽい視線の意味などわかるはずもなかったし、ましてや…。身近にいる者が、ずっと好意を向けてくれていることに、気づくはずもなかったのだ。