火鬼子(2)


 こいつがしゃべっているのは本当に言葉なんだろうか。言っている意味がまったくわからない。…と、リンは思った。電話に出ると、開口一番こうきたのだ。

「ふざけんな!」

 リンは、どちらかというと血気盛んなタイプで、ケンカっぱやいタチ、という自覚がある。だが、先制攻撃はあまりにも唐突だったので、そのまま固まってしまった。

「いいかげんにしろ、もう全部わかってるんだからな」

 そんなリンの導き出した答えは、『間違い電話なんじゃないか』だった。

「どこかへおかけ間違いではありませんか?」

 こうした状況でも言葉がやわらかいのは、長年の修行の賜物といえよう。…しかし、こめかみにはキッチリ青筋が浮かんでいる。

「ハぁ?!」

 受話器から漏れる声が裕介にも聞こえてきた。リンは思わず耳から受話器を離し、目を閉じた。

「そこのグローバルIPはわかってんだよ!海月堂ってトコだろ?電話番号は!03-XXXX-XXXX!俺の掲示板で荒らしをやってる奴!!あんたか!」

 グロ…、グロ?掲示板…、はさすがにわかった、が、「嵐」がどうしたって?リンは困惑する。もういっそ切ってしまおうか、と思った矢先に、手招きする裕介が見えた。どうやらかわってくれ、と言っているようだ。いくらなんでもそれは…、と、手を振ったが、祐介は立ち上がり、リンから受話器をもぎ取った。

「お電話かわりました。荒らされた、という掲示板のURLを教えてもらえますか?」

「何だよあんた…、お前か?あの書き込み」

「えーっとですね、こちらは、喫茶店、といいますか、骨董屋…といいますか、ネットカフェ…といいますか、ともかく、不特定多数の人間がインターネットに繋がる環境にありまして…、確かにスタッフも疑わしいお気持ちはわかりますが、お客様の可能性も高いので、事実関係の確認をさせていただきたいので…」

 受話器から漏れ聞こえる罵声と、とにかく情報を引き出そうとする低姿勢な祐介の声が交互に響き、祐介は受話器を持ったまま、パソコンの置いてある席を指差し、おがむように手を合わせた。パソコンを貸してくれ、というジェスチャーにリンが頷くと、祐介はコードレスの受話器を肩と頬ではさんだまま、起用にキーボードを操り、画面を変えていく。15分ほどのやりとりの後、相手はとりあえず納得して電話を切ったようだった。

 祐介は、画面をしばらく呆然と眺めてから深くため息をついたのだった。

「あ…あのぉ…」

 恐る恐るリンが画面を除きこんだ。つまり電話の意図はこうだった。

 電話をかけてきた男は、ホームページをやっていて、(今では生産中止になったゲーム機に関するページ、と祐介は説明したが、リンには裕介の言っている事の半分もわからなかった)そこにある掲示板、という、誰でも書き込める伝言板のような場所に、そのホームページをやっている男。開催者を「管理人」と言うことをリンは初めて知った。その管理人を罵倒するような書き込みがされたという。掲示板のプログラム上の性質として、書き込んだ際、IPアドレス、という固有の番号が記録されるのだが、それが、この海月堂で所有しているアドレスだったため、IPアドレスから持ち主を検索する方法があり、そこにあった海月堂の電話番号に問い居合わせを入れてきた、という事だった。

「…えーっと、つまり、お客さんのどなたかが、ここに、アイツの悪口を書き込んだ…ってコト?」

 思わず素に戻ってリンが言った。

「こちらのスタッフに、このゲーム機に興味のある人がいなければ…ね」

 祐介が苦笑してウインクした。もちろん、そんなスタッフが海月堂にいるはずも無い。

「うーん、まあ確かに良くできてるサイトではありますね。…情報量も多いし、更新頻度も高いし、掲示板も盛り上がってる…んだけど、ちょっとさかのぼって掲示板を読んでみて、ある意味納得なかあ、と」

「どーゆー事だよ?」

「ちょっと、読んでみてもらえますか?」

 そう言うと、カチカチ、と、マウスを操って祐介はページを変えた。リンが祐介の横から除きこむようにしてディスプレイを見る。柔らかい髪が、裕介の頬をくすぐり、甘い香りが舞った。それくらいは役得だろう。

 リンは、ディスプレイの文字を追うのは苦手だ。だが、その内容は(ゲームを知らなくても)よくわかった。延々と続く管理人である男の自慢話と、初心者に対する露骨な罵倒があった。

 たとえば、インターネット初心者です、といった前置きのある書き込みに対して、「初心者を言い訳にしないように」といった言葉が返されている。たとえば、管理人の私的事項のひとつとして、購入した電化製品の不備を販売店に追求して、謝礼を受け取った、といったことが手柄話のように続く。リンはインターネットそのものにたいして興味を持ってはいなかったが、流石にいい気分はしなかった。そして、最近と思われる記事に、子供じみた罵声の言葉が続いていた。おそらくてきとうにつけられたであろうハンドルネームに続く、少ない言葉の後に、管理人の返信が続いていた。

『犯人みつけました♪これから追いこみかけます、待ってろよ、俺を怒らせると恐ろしいからな』

 威嚇じみて、優位に立った者の奢った言葉は、リンが電話を受けた数時間前のものだった。


「うっへえ…」

 取り繕うことなくリンは素直に感想を声にした。

 祐介は苦く笑って答える。

「これは、僕の予想だけど、多分、この「荒らし」って、十中八九ここで恥をかかされた人だろうね」

「何でそんな事が?」

「まあ、経験からくるカン、と言いますか……、実は、僕ももってるんです、ホームページ…」

 照れくさそうに、祐介がはにかんだ笑みを見せた。


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