火鬼子(1)


 唐沢祐介は、足取りも軽く、帰宅の途についていた。最近、仕事に慣れたのか、ペースが掴めたのか、色々と順調だったからだ。春に、先輩から依頼を受けたきり、以降保留になってしまった人探し以外は。

 桜の季節に、祐介の上司。というか先輩から依頼のあった、少女と青年の探索については、依頼主自身から待ったがかかった。少女の通う学校の判明した時点で合った為、さしあたりの所属を抑えるだけに留めたのだろう、と、自分を納得させ、祐介は日々の業務に戻った。梅雨の少し前、彼の仕事としては、1年で最もゆとりのある季節、彼は、アパートの近くにできた、「海月堂」という、ネットカフェのような、骨董屋のような、喫茶店のような、バーのような、不思議な店の常連になっていた。自宅に高機能なマシンを備え、ADSL回線を引いている彼が、ことさらスペックの低いマシンを使う必要は無かったし、骨董に造詣が深いわけでもない(むしろ彼にとって骨董は、「古く、曰くつき」であるほど憂鬱の種であった)。コーヒーでも紅茶でも、とりあえず色がついていれば問題の無い味オンチに、下戸の祐介が、その店に通う理由はただ一つ。

 カララン、と音をたててガラス戸を開き、薄暗い店内を見回す。すかさず声が返ってきた。

「いらっしゃいませー♪」

 濃紺のピッタリしたスリムジーンズに、タイトなTシャツが、スレンダーでありながらメリハリのあるボディラインをいっそう際立たせる。長い髪を垂らし、目鼻立ちのはっきりした美女の笑顔がそこにはあった。

 祐介は、もはや定位置となってしまったカウンターに陣取ると、水を持ってきた彼女に注文をする。

「今日はどうしますか?」

 にっこりと返される笑みにじーーーーんと、常連の喜びを噛み締めながら、祐介はいつもの『イモリの黒焼き定食』を頼んだ。この店、「海月堂」は、そうしたウィットに富んだメニューが多い。もちろん、出される黒い焼き魚(と祐介は信じて疑わない)をイモリに見立てているんだ、と思っている。こんな形の魚あったかな、深海魚かもな、などと考えながら、恋する者特有の曇りまくった眼で、ぽやん、と厨房に消えていくウエイトレス、名前も知っている、リンという、の背中を見送った。

 ああ…いいよなあ。

 元々、さほどキリっとした顔立ちではない顔がいっそうやに下がる。(祐介とて、仕事中はそれなりに顔を引き締めてはいるのだが)それまでは、顔なじみの客レベルだったのが、ちょっとした事件で、彼女の笑顔を勝ち取ったのが、つい最近の事…。

 店内に、数席、インターネットに繋がるパソコンを備えている「海月堂」は、一見して胡散臭い店なのだが、不思議とそれらの席はいつも誰かしら座っており、今日も今日とて、周囲にあまり関心のなさそうなタイプの男性が一人二人、カタカタと、キーボードを駆使していた。


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