青酸カリのビンがひとつ。猫が一匹。箱の中に猫が一匹。箱の中はわからない。中の猫は、生きているのか、死んでいるのか。
崩壊過程でガンマ線を出す放射性元素があって、ガンマ線が放出されると、すぐさま青酸カリのビンが破壊されてしまう仕組み。
生きているのか、死んでいるのか、生きているのか、死んでいるのか。
ただひとつ言えるのは、生きているか死んでいるのか、当の猫にしかわからない、という事。
猫という「観測者」が、生と死を見定めるのです…。
もしかしたら、はじめから、猫なんて存在しなかったのかもしれませんし、…ね。
そこへ、「彼」が登場します。
白い箱、白い箱があります。ロジカルな基盤と、それにいくつかの機器、機器。回転する銀の円盤、緑色のプレート。緑と橙のLED。スイッチを押すと、繋がった画面に文字が浮かびます。読み込まれていく諸々と、明滅する文字、文字、文字。画面一杯に、空。白い箱には、青い線。線の中には、青、緑、茶、橙、と、それらと対になる白い線の併せて八本。
白い箱は、青い線で世界へ繋がっています。
画面が変わり、並ぶ記号にEの印。そして、窓。開く窓。
「彼」は、白い箱に繋がった、白い手の中に収まるモノを駆使して、窓を切り替えます。
文字の羅列、言葉、言葉。世界の始めにあった言葉。浮かび上がる光と影。
「彼」は、画面に浮かぶ言葉に眉をひそめます。あってはならない言葉であったので。白い箱と、事象を映し出す画面上で、彼は王様でした。皆が「彼」の功績を称えます。誉めてくれます。それは彼の作り出した仮想空間の中での出来事です。
自分以外の誰かの言葉は、「それ」を目にするまで、彼の自尊心をくすぐり、力の源であったはずなのに。
「彼」は言葉にひるまず、書かれた痕跡をたどりました。***.***.***.***ピリオドで区切られたいくつかの数字が、「それ」を書いた犯人を探す手がかりとなるはずだったので。
白々と明けていく夜明けの空に、明け鴉の鳴く声が響いて、「彼」は、自分の仕事に満足し、少しだけ、眠ることにしました。
オアア、オアア、オアア…。
響く声は、赤子の泣く声にも、似ていました。