蛟龍は楝樹を嫌う

 だって、もう春で、どうかすると夏だし…。

 でも、このまま持っているわけにもいかないし…。

 いっそ、次の冬までとっておこうかな、とも思いながら。

 千尋は思案にくれていた。編み上げたのは12月。クリスマスプレゼントになる予定だった「それ」は、時を経てバレンタインの贈り物に、そしてそれも逃して入学祝になるはずだった。結局、渡せないまま、いまだに千尋の手元にある。ちょっと力を入れて編みすぎたせいか、ふっくら柔らかい、というよりは、しっかり編みこまれてバスマットのよう。でも、奇跡的にまっすぐに、けれど、あまりの硬さに、アーチ型に立てると自立してしまうのは、内緒にしておいた方がいいかもしれない。モスグリーンの色は、皮肉にもハク龍の鬣の色に似ていた。


 上天気の休日。でも、相変わらずお父さんは休日出勤で、私はといえば、洗濯を終わらせて、洗物を済ませてしまうと、手持ち無沙汰にダイニングのノートパソコンに電源を入れてみた。よくわからないけど、このマンションは光ファバーが通っているみたいで、家賃にインターネット接続料金が含まれていて、常時接続だから、好きなだけ使っていい、って、お父さんは言っていた。家にいた時はお母さんの顔色を伺いながらのインターネットも、今はスキなだけできる…んだけど。

 今日、これからハクがこの部屋にやって来る。勉強を教えてもらう約束、家庭教師、っていうのかな、礼儀正しくて、好青年の彼はお父さんも気に入っていて、会う事には文句は言わない。一応、信用してもらってる…んだろうなあ。

 ほう、と溜息をついて、横を見ると、もう一人のハクがつけたままにしておいたTVを見ながら一喜一憂している。一生、傍にいる、と彼は言っていた。一時期、実はちょっとだけ迷惑だな、って思ってしまった時期もあって。
(だってお風呂にも一緒に入ってこようとするんだもの)口もききたくない、なんてひどい事を言ってしまった事もあったけど、最近は、私が眠る時はいつの間にかどこか別の所に行ってくれているみたいだし、やめて、って言う事はしないでいてくれる。
(だってすぐ横で一緒に眠っているのって、緊張するし、寝ている所を見られるのも恥ずかしいし)

 お父さんは留守がちだし、お母さんは家だし、もしこっちのハクがいてくれなかったら、きっとすごく心細くて、とても一人で留守番なんてできなかったかもしれないな、なんて、最近は思ってる。

 …だから、なのかな、まるで、家族みたいで、一緒にいると安心するんだけど…。

 不思議に、同じ顔なのに、もう一人のハクに会う時は違うの、電話をする時、すごく緊張するし、ネットにいる、ってわかっただけで胸がきゅーーーううってなったり。待ち合わせ、なんて事になったら、もう大変で、前の晩はちっとも眠れなくて、でも早く明日にならないかなって思ってて、そして、会うと今度はまたドキドキして、さよならした後は寂しくてしょうがなかったりする。

 並んで歩くとき、かすかに触れる肩とか、指先。

 向かい合わせの席に座った時、何気に髪をかきあげる手の動きに、どきどきする。

 どっちがスキなのかな、って、思うけど、今は…。多分…。

 …お茶入れてこよ。

 立ち上がってキッチンに行き、お茶を入れる。お父さんが会社でもらってきた「Neptune」という銘柄で、あんまり詳しくないんだけど、ハチミツの香りがするので気にっている。今のお気に入り。に、やっぱりお父さんのお土産のちまきを添えてトレイにのせる。

「ハク、お茶、飲む?」

「ああ、いただこう」

 TVから視線を移して、私の方を見たハクの顔が、たちまち真っ青になる。

「ち・・・っ、千尋っ、それは…っ」

 じわじわと後ずさり、離れていく。

「…?どうしたの?」

 いつもの不敵な笑みはなくて、本当に怖がっているみたい。

「そっ…それを、私に向けるな」

 そう言ってハクの指先がトレイの方を指した時、

 ピンポーーーーーン♪

 呼び鈴が、鳴った。

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