逢魔の刻〜神隠し〜(9)

  舞台の上手と下手から、それぞれ、対象的な黒と白の衣装をつけた舞手が現れた。かつらをつけ、それぞれ違う面をつけている。白い方の舞手は見覚えがある。さっき、橋で出会ったハクだ。

 そして、千尋はもう一人の舞手を見て、鈴の音にぎょっとした。黒い舞手は衣装に鈴を縫いこんでおり、歩くごとに音がする。その音は楽の音に合っており、足さばき、身のこなしがリズムにかなっているのがわかる。引き込まれる音色。だが、千尋は、この間出会った黒い装束のハクを思い出していた。
 
 かたや、白の舞手はややぎこちない。姿勢もよく、足さばきも見事だが、どこか動きにためらいが感じられた。

 打ち鳴らす太鼓の音が、次第に勢いを増していく。

 お互いに向き合い、鏡のような動きから、対称へ、不思議な白と黒のユニゾン。

 笛の音がはじまると、一合、剣と剣がぶつかりあった。

 鈴の音と、鼓動にも似た太鼓の響き。切り裂くような笛の音。剣と剣との打ち合う音。闇を照らす、赤い篝火。楽の響きに意識をもっていかれそうになった刹那、剣の響きが、不協和音に…変わった。

 黒の舞手が、白の舞手の剣をはじき飛ばしたのだ。

 鳴り止まない楽の音。

 だが、二人の舞手の動きが止まった。

 切っ先を白の舞手に向ける黒の舞手。

 舞用の刃のつぶしてある剣のはずが、鈍く光る。

 これも、趣向のひとつなのだろうか。観客にざわめきが起こった。

 楽師達も躊躇している。

 起こらざるべきことがおこっていた。

 楽の音がやむ。

 瞬間、黒の舞手が白の舞手に襲い掛かった。

 突きかかってきた切っ先をかわす。が、紙一重でよけたはずが、剣先がかすったのか、面が飛ばされる。

「何を!」

 振り向いたその時、黒い舞手が飛び上がった。

 そのまま剣を振り下ろす。

 舞台に剣の突き刺さる音。白い舞手が身をかわす。

 突き刺した剣から手を離し、黒の舞手が白の舞手に向き直った。

「誰だ!お前は。」

 白の舞手、ハクが、叫んだ。

 異変に気づいた客がざわめきはじめる。

 黒の舞手は、舞台に突き刺さった剣をぬくと、天頂にかざした。まっすぐ、剣の上空に暗雲が垂れこめる。突然の落雷。そして、…雨。

 スコールのような雨が観客を散らした。露天ののきや、本殿の回廊、わずかな庇を求めて走りだす者、あきらめて駐車場に戻るもの。そして、変わらず舞台を見つめる者。

 千尋は、いつのまにか両親とはぐれてしまっていた。「車にもどるよ。」と声をかけられた気がしたが、気づかず舞台を注視していたせいかもしれない。

 黒の舞手が、面をとった。

 落雷。

 参道の杉並木の一本に雷が落ちた。

 剛音にも動じず、舞台上の二人は対峙したままで、千尋もまた、みじろぎもせずにそれを見つめていた。

 同じ顔の男。

 黒い舞手の口が動く。雨音でかき消され、何と言ったかわからない。…が、唇は確かにこう動いた。

「シ…ネ…。」

 黒いハクが剣を構え直し、切っ先を向けた、刹那。舞台に躍り上がった者がいた。雲水姿の髪の長い女。

「ついにこっちにやってきたか!ハク!!」

 大きな声で叫ぶ。

 千尋は、この女の声に聞き覚えがあった。

「邪魔するな、リン。」

 再度襲い掛かろうとするハクに向け、リンは腰に下げた竹筒を取ると、ハクに向けて栓を抜いた。

「行け!」

 筒から出てきたのは、黒い塊。顔には面がついている。白い面。涙のような隈取、あれは…。

「カオナシ?」

 カオナシが、真っ直ぐハクに向かって飛んでいく。剣にからみつくと、そのままもろともに舞台に倒れこんだ。

「チッ!」

 剣を取り落としたハクは興をそがれたのか、後方に飛び退った。

 そしてそのまま竜身に転じ、雷雲の彼方に消えていった。

 ―――――白い竜が姿を消すと、先ほどの雨が嘘のようにやんだ。

 舞台の上で、白い装束のハクとリン、カオナシが向かい合う。そして、誰もいなくなった観客席に一人残った千尋がいた。

「リンさん!」

 リンに気づいた千尋が叫んだ。

「セン!こんな近くにいたのか!」

 ひらり、と舞台からリンが降りる。

「探してたんだぜ。」

 旧交をあたため会う二人に割って入ったのはハクだった。

「君達は何者なんだ?!そして今のは…。」

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