神社は山と一続きになっていて、舗装された裏道を通ると、境内のすぐ裏手まで昇ってくる事ができる。裏門をめざし、バイクが一台走っていた。
CBR1100XX。水冷・4ストローク・DOHC・直列4気筒・1,137ccエンジンを持つ、国内自動二輪車では恐らく現時点では最速のリッターマシンだ。
氏子用の駐車場の片隅にバイクを止めて、ヘルメットをはずす。
神楽のもう一人の舞手は、やや遅刻ぎみに神社にたどり着いた。百道真人。ハクにとっては義理の従弟にあたる。本来、双子の弟理人と踊るはずの二人舞であったが、同様にバイクに乗る弟は先月事故を起こし、退院はしたものの、右腕のギプスがまだとれていない。急遽白羽の矢がたったのは、本家の養子の士郎…ハクだった。
６年前、ハクが本家の養子になった当時、百道家は騒然となった。近隣の神社を統括する宮司である百道家は森林、山といった土地を所有する資産家でもあり、本家の養子ともなれば、当然それらを相続することになる。それを、素性も知れない、ましてや血の繋がりもない少年が継ぐことになるのだ。当然、問題になった。その急先鋒が真人と理人の父親で、（真人か、理人を養子に、という話も出ていたため）とにかく距離をおくよう言明が下った。言外に迫害しろという含みもあったかもしれない。だが、真人と理人は、すぐにこの義理の従弟とうちとけてしまったのだ。何しろ、ハクを見つけたのが誰あろうこの二人で、偶然本家に遊びに来ていた二人が、鳥居のところで倒れていたハクをみつけ、母屋までかついでいったのだ。
ふたつ年下のこの少年は、人なつこく、素直だった。何より、兄弟とはいえ双子だった二人は、ハクを勝手に弟分ときめこみ、よってたかって色々教えた。山での遊び、スポーツ、勉強は言うに及ばず、１６になると同時にバイクの免許もとらせ、時々連れ立ってツーリングに行ったりもした。元々頭もよく、もの覚えのよい従弟は砂が水を吸収するようにいろいろをよく覚えた。が、ただひとつ、女性への接し方、ありていに言えばナンパの極意に関してはまったく興味をみせなかった。年上の少年にみっちりきたえられたハクは、当然ながらその外見も手伝ってよくもてた。だが、そういった女性からの動きに関して、肯定的な態度をとることはなかった。
控え室まで行くと、相方は既に支度をすませたようで、衣装は無い。手早く自分の支度をすませ、小屋を出ると…、男が、いた。
黒い狩衣、赤い衣出し絹。長い髪をひとつに束ねたその顔は…。
「ハク！？」
薄く笑うと、男はゆっくり真人に近づいてきた。
「衣装をよこせ。」
真人の首に、腕がのびる。
「お前、ハクじゃないな。何者だ！」
とたんに身を翻し、息をととのえ、かまえた。
「ハクさ。」
言うやいなや、すう、と間合いにもぐりこみ、下からすさまじい力で、突き上げるように首を持ち上げた。１８０ｃｍの身長が易々ともちあげられた。首に触れた指が驚くほど冷たい。
「ぐ…あっ。」
指に力がこめられると、ゆっくりと全身から力が抜けていくのがわかった。
気づくと、真人は土の上に倒れており、指先から自分の体が冷たくなっていくのを感じながら、黒い装束を見送っていた。
あれは、魔だ。遠ざかる意識の中で思う。ハクが、危ない。誰か、ハクを…。しかし体が動かなかった。誰か…、誰か…、誰か…。
視界が、闇につつまれていった。