「何だよ、まぁたこの神社かよ。」
傘を上げ、長い石段を見上げた。祭りの夜。灯篭に点った明かりが、ぼんやりと赤い鳥居を浮かび上がらせている。雲水姿の女。―――リンは、腰に提げた竹筒を手にとると、おもむろに、それに向かって話し掛けた。
「ハクはもうダメだったろ?」
…カタカタ。と、竹筒がひとりでに揺れる。
「センを探してんじゃなかったのかよ。」
再び筒が揺れた。
「…ここに、いるっての?」
いっそう強く筒が揺れた。
「まあな。ハクの場所も、結局は当たってたわけだし、信じるよ。お前がセンの居場所を間違えるとも思えないしな。」
そう言うと、再び、竹筒を腰にさげ、神社にむかってリンは歩き出した。
鼓の音が高く澄んで空に響く。篝火のはぜる音もする。ハクは呆然と、その灯りに見入って、体ごと鼓に共鳴している自分を感じていた。
あの少女は誰だろう。
心に強くかかる。赤い橋の上で振り向いた彼女を、自分は知っている。どこで見たのだろう。思い出せない。そして、腕に抱きとめたときの、心臓の高鳴りを、いまだ覚えている。赤い着物のよく似合う。
そして、自分を、呼んだ、あの、声。
「ハク…!?」
問いかけた時に返された、えもいわれない悲しみの顔に、胸がしめつけられた。
多分彼女は、自分を知っていたのだ。ろくに言葉も交わせず、あの場所を離れた事を強く後悔しながら、不思議と、再会を信じることができた。
もう一度。逢わなくてはならない。
いや、逢いたい。再び逢って、…どうしたいんだろうか。自分は。
「ハク!」
義父の声に、意識を引き戻された。
「出番だ。」
面をつけた視界は、驚くほど狭い。だが、体が舞台を覚えている。裾をさばきながら、舞台にあがった。
千尋は混乱していた。
確かに、ハクだ。…そう、思ったのに。
「君は誰?」
耳を疑いたくなるような言葉。
この間の黒い狩衣のハクとはまた違う。同じ顔なのに。赤い橋。呼び止められたその視線の先にいた、青年。今度こそ、間違いない。絶対に。
「君は誰?」
同じ顔で、同じ声で、別の言葉を言う。人違いであって欲しい。そう思いながらも、確信していた。あれこそ、あの人こそ。約束の…。
「千尋!」
母親に呼ばれて振り返る。
「ぼーっとして!始まるわよ。」
ひときわ大きく、鼓が高く響くと、神楽殿の上手と下手から一人ずつ、それぞれ、白と黒の装束を纏った舞手が剣を携えて現れた。