逢魔の刻〜神隠し〜(5)

 祭りがはじまる。
 祭りがはじまる。

 灯りを点せ、
 灯篭に。

 篝火を焚け、
 境内に。

 今宵は夜祭。
 お神楽の、
 囃子が聞こえる風にのり。

 さあおいで、愛しい娘。
 急いで来ないと、




 

 喰われるよ。

 

 

 

 


「それ」は突然玄関先に放置してあった。よく見る宅急便の伝票にある宛先は、確かに荻野家の住所であり、「荻野様」とだけ書かれている。だが、肝心の送り主が無い。
「とりあえず中を見てみないと。」
 というしごくもっともらしいようで、実は好奇心から、父が包装紙を破った。

 薄く、細長いその箱には、小紋と帯。あずき色の縦縞で、とりどりの縦線が入っているモダンな柄だった。帯もパステル調で現代的。明るい配色は、母向けではないだろう。

「あら、ちょうどいいじゃない。お祭に着ていったら。」

 と、疑いもなく、着服しようとしている母。

「まあ、何か言われたらその時だしね。お母さん、懸賞に応募して忘れてるだけなんじゃないの?」
 と、父。

 本当、ゼンゼン懲りてない…。と千尋は少しあきれたが、ただ、確かに、思わず袖を通したくなるような、ステキな柄ではあった。

 …大丈夫かなあ。

 と、思ったが、母親はいそいそと長襦袢を箪笥から出してきて、既に後にはひけない様子。秋口の夜祭は、ゆかたよりもむしろ小紋あたりがちょうどよいのかもしれない。
 観念して、母に着せられるままに、千尋は着物を身につけた。

 それは驚くほどよく似合った。肌の色との組み合わせ、帯との配色は言うに及ばず。まるでそれは、千尋のためにあつらえたかのような着物だった。

 囃子が遠くに聞こえてくる。
 そんなはずは無い。隣町の神社までは随分と離れている。
 だが、確かに、笛の音を聞いたような、気が、した。


「ハク。仕度はいい?」

 義母でさえ、自分で名づけたにもかかわらず、愛称で呼ぶのはいかがなものか…。と、百道士郎、ハクはふとこの間の雲水姿の女を思い出す。

 いや、今はそれどころでは無かった。今夜は祭り。神事の夜。毎年恒例の神楽を、従兄弟のピンチヒッターで勤める夜。

 振り付けは覚えた。…が、フル装備で演じるのは、今日でまだ3回目。衣装の重さと裾裁きに関しては、大いに不安を感じながら、装束を調え、面をつける。

「今、行きます。」

 神楽殿の横、簡易にしつらえられた楽屋を、剣をたずさえて後にした。

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