祭りがはじまる。
祭りがはじまる。
灯りを点せ、
灯篭に。
篝火を焚け、
境内に。
今宵は夜祭。
お神楽の、
囃子が聞こえる風にのり。
さあおいで、愛しい娘。
急いで来ないと、
・
・
・
・
喰われるよ。
「それ」は突然玄関先に放置してあった。よく見る宅急便の伝票にある宛先は、確かに荻野家の住所であり、「荻野様」とだけ書かれている。だが、肝心の送り主が無い。
「とりあえず中を見てみないと。」
というしごくもっともらしいようで、実は好奇心から、父が包装紙を破った。
薄く、細長いその箱には、小紋と帯。あずき色の縦縞で、とりどりの縦線が入っているモダンな柄だった。帯もパステル調で現代的。明るい配色は、母向けではないだろう。
「あら、ちょうどいいじゃない。お祭に着ていったら。」
と、疑いもなく、着服しようとしている母。
「まあ、何か言われたらその時だしね。お母さん、懸賞に応募して忘れてるだけなんじゃないの?」
と、父。
本当、ゼンゼン懲りてない…。と千尋は少しあきれたが、ただ、確かに、思わず袖を通したくなるような、ステキな柄ではあった。
…大丈夫かなあ。
と、思ったが、母親はいそいそと長襦袢を箪笥から出してきて、既に後にはひけない様子。秋口の夜祭は、ゆかたよりもむしろ小紋あたりがちょうどよいのかもしれない。
観念して、母に着せられるままに、千尋は着物を身につけた。
それは驚くほどよく似合った。肌の色との組み合わせ、帯との配色は言うに及ばず。まるでそれは、千尋のためにあつらえたかのような着物だった。
囃子が遠くに聞こえてくる。
そんなはずは無い。隣町の神社までは随分と離れている。
だが、確かに、笛の音を聞いたような、気が、した。
「ハク。仕度はいい?」
義母でさえ、自分で名づけたにもかかわらず、愛称で呼ぶのはいかがなものか…。と、百道士郎、ハクはふとこの間の雲水姿の女を思い出す。
いや、今はそれどころでは無かった。今夜は祭り。神事の夜。毎年恒例の神楽を、従兄弟のピンチヒッターで勤める夜。
振り付けは覚えた。…が、フル装備で演じるのは、今日でまだ3回目。衣装の重さと裾裁きに関しては、大いに不安を感じながら、装束を調え、面をつける。
「今、行きます。」
神楽殿の横、簡易にしつらえられた楽屋を、剣をたずさえて後にした。