時を同じくして、「彼」もまた、遭遇していた。雲水姿、傘をかぶったそれは女のようだった。
自宅の神社の境内で、聖域のはずのその場所に易々と入ってきたそれは、ヒトならぬモノ。
彼、百道士郎(ももちしろう)は12歳以前の記憶が無い。着のみきのままで神社の境内に倒れていたのを、幼くして子供に先立たれた、宮司夫婦に助けられ、養子になって既に6年経とうとしている。
いつも見る、闇の中で誰かに呼ばれているような気がして、振り返る。少女が一人立っていて、名を呼ぼうとして目が覚める。奇妙な夢。
思い出せない記憶の断片だろう。と養父母は言う。
そのせいだろうか、いつも誰かを探していた。瞼の向こうの少女。髪を束ね、高く結っていた。今目の前にいるのがそうか、と一瞬思ったが、すぐに気づく。いや、違う。
「何をしに来た。」
あやかしに向かって青年が問う。
「センが危ない。」
あやかし…、その女は言った。雲水姿で傘をかぶっている為、表情までは見えない。髪の長い事と、声で女と判断はしたが、あやかしに果たして性別があるのかどうかさえわからなかった。
「セン…?」
どこかで聞いたことのある、名前。
「何だ、まだ会ってないのか。」
そう言うと女は身を翻して去っていった。鳥居の下で、青年を省みる。
「仕方無い。自分で探すよ。まったく…何の為にこっちに来たんだよ。ハク。お前の置き土産のせいで、むこうは大変な事になってんだ。…やれやれ、初めっからセンを探せばよかったよ。」
そう言うと、石段を駆け下りて行ってしまった。
「あ…おい!」
あのあやかし、何故僕の呼び名を…。
青年は士郎と名づけられた、…が、友人には一時シロ、シロ、と呼ばれていた。犬のようで嫌だと言ったら、今度はハクと名づけられた。安易ではあったが、奇妙にしっくりくるので、そのままにしている通り名。それを何故知っているのか。
そして、センという、心に妙に懸かる名。
いつの間にか、逢魔ヶ刻は過ぎ去り、空には星が瞬きはじめていた。