「ハ…ク…?」
「呼んでおくれ、千尋、私の、真実の名を。」
千尋は思わず言われるままに従ってしまった。
「ニギ…ハヤミ…コハクヌシ…?」
「…千尋、私を、そなたのものに。」
千尋と、ハクが見詰め合う。千尋の表情が、戸惑いから困惑に変わる。
「そんな…これは、いったい…。」
同じ顔で、こちらのハクは呆然としている。
「お前が不甲斐ないからいけない、私は、千尋が心配で昇天しきれなかった魂のカケラだ。」
ぬけぬけと言う。
「お前一人では千尋を守りきれぬであろう?だから、私は常に千尋と共にあろう、千尋の魂がその役目を終え、転生の輪に戻るまで。」
「な…、なっ!」
もう一人のハクの顔が、困惑から怒りに変わり、立ち上がって、それにつかみかかろうとした…が、するりと拳は空を切り、実体を捕らえることができない。
すれ違い様に、黒のハクがもう一人のハクに耳打した。
「千尋によからぬ思いを抱いたのは貸しにしておこう。」
「貴様…っ!!」
耳まで赤くしてハクがうめく。
「だが、…私がいる以上、2度とそんな真似はさせんがな。」
どうやら本気で人二人の邪魔をする意気込みらしい。
千尋は、喜んでいいのか、怒った方がいいのかわからないまま、自分の後ろに張り付いている幽霊を見た。
「ずっと一緒…って、でも…。」
「案ずるな、私の姿はそなた達にしか見えない。」
今度はにっこりと、屈託無く笑う。
そういう問題じゃないんだけど…、と千尋は思ったが、先ほどまでの罪の意識、困惑を未消化なまま、なんだか可笑しくなって、つい笑ってしまった。
「もう、人の魂を奪ったりしなくていいの?」
「必要ない、維持すべき器ががないからな。」
「じゃあ…いいのかな?」
「良くない!断じて良くないっっ!!」
人のハクが叫ぶ。
リンさん達になんて説明しよう、と思いながら、千尋は、これから何かとんでもない事が起こるのではないのか、という不安と、不思議な期待感で満たされていた。
もはや逃れることはできない、捕まってしまった…美しい、魔物に。