チリン…。
どこからか、音がする。
チリン…。
それは後ろから追いかけて来る。
逃げるように小走りになる。髪をポニーテールに結い上げた少女は、振り向かず、走った。
もう少し。あと少しで家につく。路地を曲がったところ、街灯の薄明かりの下に、
男がいた。
時代錯誤な黒い狩衣。出だし絹は赤く、長い髪を後ろで束ねている。美しい、青年だった。
薄く微笑んで近づく。驚くほど冷たい指が首筋を這う。
「…千尋?」
名を、呼ばれる。だが、それは少女の名ではない。
「誰!?…あなたは。」
男の顔から微笑みが消えた。
「違う。お前は。」
その目は、ゾっとするほど冷たい。
恐ろしい、という考えとはうらはらに、その美しさから目が離せなかった。
男の顔が近づく。
指先で、あごを軽くあげられると、そのまま、唇を塞がれた。
「んっ…。」
体が痺れて、とけていくような感覚。
少女の体が、ブロック塀に追い詰められる。
頭の芯が変に痺れて、膝の力が抜けていく。ようやく呼吸を許されると、今度は男の唇が首筋を這っていく。少女は序々に力が抜けていき、呆然と、道路に座りこんだ。
頭の上で、冷ややかに男が見下ろし、言う。
「不味い。」
指先から、体が冷たくなるのを感じながら、少女は夕闇に消える男の姿を見送っていた。
チリン…。
どこかで、鈴の音が…した。