その頃、ボイラー室目指して千尋とリンはぼろぼろの階段を降りていた。初めて油屋に来た時以上に、板は朽ち、今にも崩れ落ちそうだ。
動きやすい方がいいだろうと、千尋が身につけているのは何と学校指定のジャージ。水色の上下によりにもよって名札がついている。「荻野千尋」確かに、これなら名を奪われても忘れる事は無いだろう…が、
「リンさーーーーん。本当にここからしか行けないのーーー?」
もはや二本の足で降りる気は無いらしい千尋がおっかなびっくりしゃがみこみながら一段一段降りていく、その少し先を、来た時と同じ、雲水姿のリンが同じく階段にすがりつくように降りていた。
「出てくる時もこっから逃げたんだ。同じ道しかわかんねーもん。」
釜爺が、今もボイラー室にいるかはわからなかった。だが、油屋全体の動力源でもあるボイラー室と、それをつかさどる釜爺をおいそれと追い出せるほど、黒いハクは愚かではないはずだ。ともかく、釜爺と合流して、策を練ろうというのが、リンの考えだった。花嫁に化けて、ハクが時間を稼ぐとは言っていたが、あまり期待はできないだろう。むしろ、体を奪われたら、形勢が不利なのは目に見えている。
それでも、一時でも千尋から目を離す事ができればと志願するハクを、誰も止める事はできなかった。
そうなった以上、一刻も早く釜爺と共に、ハクを助けに行かなくてはならない。
どうにか階段を降りると、そこには重い扉があって、さび付いてかみ合わせの悪くなったのも手伝って、難儀しながらリンが開けようとしている。
階段を降りきって一息ついた千尋の背後に、…何かが、立っている気配を察した。
千尋は、背筋が凍りつくのを感じながら、リンに声をかけようと一歩踏み出した、…が、長い腕に絡めとられ、口を大きな手で塞がれた。
必死で足をばたつかせるが、既に地についてはいない。
「見つけた。千尋。よく、来たね。」
耳元で囁く声。
千尋の声は、既にリンには届かない。人の姿のままに、宙空へ身を浮かせている、黒衣のハクと、囚われた千尋は、そのまま、上空まで昇っていった。
「離して!!降ろしてっっ!!」
必死の抵抗を試みたが、口を手で押さえつけられいるので、声が言葉にならない。首筋に、ハクの唇が這う。一瞬手足が硬直したかと思うと、触れられた個所から力が抜けていき、そのまま千尋は意識を失った。
意識を失った千尋の膝を救い上げるように抱き上げて、ハクはそのまま楼閣まで飛び去った。
やっとの思いで扉を開けて、リンが振り向いたその先に、千尋の姿は既になかった。
「セン…、セン!」
あわてて辺りを見回しても、千尋の姿はどこにも無い。
「ちっきしょーーーーーーっっ!!」
リンの声が、闇に飲み込まれて消えていく。
かくて千尋は、魔の手に落ちた。