■いささか無粋な前口上■
よもや、このページ「から」読む方はいらっしゃらないと思いますが、念のため。
このお話は、映画「千と千尋の神隠し」のパロディサイトをベースに書いています。基本設定としましては、千尋、16歳でハクと再会。しかし、そのハクは肉体と魂に分かれていて…、という状況で書いております。拙作「逢魔の刻〜神隠し〜」内で言うところの一部と二部の間に当てはまるエピソードです。
…それでは、どうぞ。
少女が鞠をついている。禿にした髪、赤い鮮やかな着物。爛漫の桃色の花の下で。歌声かすかに、花びらが風に舞った。
「ですからウチはお寺さんでは無いので…、人形供養と言われても…ねえ」
社務所の方ではなく、宮司の住まう住居に、「それ」は持ち込まれた。
上品な老婆だったと、義母は言っていた。丁寧に風呂敷から取り出された「それ」は、古びてはいたが、手入れが行き届き、見事な金冠をつけていた。相当な値打ちものだということは、目利きのできない義母にも容易に想像できたという。
とにかく処分して欲しいと、押し付けるように、逃げるように、老婆は去っていったのだという。
「何でも鑑定団とかに出してみたら?」
と、冗談めかして言ったら、大切に使われた物には魂が宿ると、怒られた。…そして、今、「それ」は彼の部屋にある。
古ぼけた、年代物の女雛。
品良く引かれた紅に、整えられた髪には金の精緻な細工の施された冠が載せられている。元々はどういった男雛と対になっていたのか、あどけない表情は、彼の良く知った少女を思い起こさせた。
この話を、彼女にしたら、彼女は何と思うだろう。
「彼」は、いつも電源を入れたままにしてある、自作のデスクトップパソコンに向かい、タスクトレイにあった青い小さなアイコンをダブルクリックした。ちょうど、「彼女」はオンライン上に存在するらしく、ニックネームは「オンライン」表示になっている。
彼女のニックネームをクリックし、彼はネット上の会話をしかけることにした。
「今大丈夫?」
そう、呼びかけて、しばらくたまったメールの整理を始めると、ややあって「彼女」から「返事」がついた。
「どうしたの?」
タスクバーに表示されたプログラムがアクティブになる。
「ちょっとおもしろいものがまいこんだんだ、雛人形」
「おひなさま?」
「そう、女雛だけね、…供養して欲しいんだそうだ」
「あ…今日はひな祭りだっけ」
デスクトップ上に開いた小さなウインドウ上で交わす他愛無い会話が、この二人の数少ないコミニケーションの手段だった。何しろ「彼女」には自称守り神のやっかいな竜神がついていて、直接会う事はおろか、電話さえもが妨害されているのだから。この方法をとるまで、彼は彼女に細かな指示を出すため、何度も何度もメールを交わした。
だがしかし、そうした障害があるからこそ、いっそう二人の秘密の逢瀬は楽しいものとなっているのが、何とも皮肉と言えば皮肉ではあったのだが…。
「見たいな…」
そう、返ってきた言葉に、彼…ハクが答える。
「千尋の家には無いの?雛人形」
「マンション住まいだったから…、引越しの時おばあちゃんちに預けちゃって、そのまま、小さいけど、けっこう気に入ってたのにな…(T_T)」
「見たい?」
「見たい!見たい!(>_<)」
「じゃあ、今から…」
と、キーボードを打ちかけて、ハクは仰天した。パソコンラックの下、デスクトップ本体からゆらり、と浮かび上がったそれは…。
「うわあああああっ!!」
叫びとともに、打ちかけた「a」のキーが、
「ああああああああああああああああああああああ」
と表示する。
延々繰り返す文字が止まり、心配した千尋があわてて
「どうしたの?」
と返信するが、ハクの目にそれは映らなかった。
彼の眼前、突然現れたのは、黒い狩衣、長い髪、自分と同じ顔の竜神。元はひとつだった半身の姿。
「まったく、最近おとなしくなったと思ったら、こんな術を使っていたとは、まったくもって抜け目が無いな、お前は」
「君こそ、相変わらず『常識』が無いな」
皮肉っぽくハクが言うと、
「『常識』?『常識』とは、十八歳までに身に付けた『偏見』のこれくしょんだそうだぞ」
ふふん、と鼻で笑う声も聞こえんばかりに、もう一人のハクが言い放った。
「…いったいどこでそんな知恵をつけたんだい?」
「千尋の本棚の青い本に書いてあった」
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