BlueFrogPrince -あるいは青蛙の憂鬱-
■哀しい顔で泣かないで
「あなたは誰?……お客様?」
一瞬消えたと思ったリンが、番傘を持ってそこへいた。
並ぶと、いつもと違う視点の高さが際立って、青蛙はうろたえた。
ふるふると、首を振る青蛙に、リンが傘を差し出す。
「濡れますよ……」
雨音がいっそう強くなり、油屋の庭のはずが、そこには互いしかいないように、リンと王子は見詰め合っていた。
湯屋の軒先で、王子とリンは並んで立っていた。
「雨……やみませんね」
ぽつり、と、つぶやく。
青年は背が高く、金色の巻き毛は雨に濡れ、青い瞳の憂いの色は、まるで今の空のよう。
キレイな男だな、と、リンは思った。
「でも、だんだん雨脚が……」
リンが答える。
ぽってりとして、紅を塗った唇で。
すんなりとした手足、どことなしに少女らしさを残した細身の体、黒髪が雨にうたれて、鴉の濡れ羽色のよう。
リンはこんなに美しかったろうか……と、王子も思った。
雨がやみ、雲が切れ、空に月が浮かぶまで、二人は黙って、並んでそこに立っていた。
言葉少なく、ただ、そこにいた。
リンは語らなかった、王子も語らなかった。
どこから来て、どこへ行きたいのか、言わなくても、聞かなくても、ただ並んでいる、それだけでいいと思った。
反面、自身の仮初の身を思うと、王子には何も言えない。
今の自分が、元の通りの姿なら、リンは並んで立ってくれたろうか。
強く、自身の手を握りこむ。
リンに触れたいと思う反面、そこで覚めてしまう魔法を、呪いを、解くわけにはいかないとも思う。
「僕は、帰りたいんです、でも、帰りたくないんです」
王子が言った。
「アタシも、アチラへ行きたいけど、でも、行きたくないんだ、……変かな」
センにだけ教えた、いつか湯屋を出て行きたいという思いを、どうして初対面のこの男に話してしまったんだろう。
「きっと行けますよ、あなたなら……」
そう言うと、王子が極上の笑顔を見せるので、リンは少しだけ照れてうつむいた。
「でも……僕は行けない」
「では、一緒に」
なぜか、そうリンが言いかけると、王子はふっと悲しそうな顔をしてリンを見つめた。
「ひとつだけ、お願いがあるんです、瞳を閉じて、そして、僕がこの場を去るまで瞳を閉じていてもらってもいいですか?」
それが何を意味するのか、リンにはわかった。
素直に瞳を閉じた自分が、少し信じられなかった。
だから、優しく唇が触れて、その場から男が去ってからも、リンは瞳を閉じていた。
一瞬翳った月が姿を現し、リンが瞳を開くと、男の姿は既になく、かすかな草の露の香りだけが残っていた。