窓を拭きながら、リンはそんな事を考えていた。
夕暮れが迫る油屋、客が来る前の日課の清掃だ。
センと共に大湯を掃除したのが、もうずいぶん前の事のように思える。
思えばあの少女は外から来て、そして帰っていったのだ。
自分も、外からここへやって来た。いつかは出て行きたいと思っていたけれど、いつの間にかここに慣れてしまって、出て行く事を考えなくなっていた、忘れていた気持ちを、リンはセンに、千尋によって思い出していた。
けれど、その気持ちが果たして何になるというのだろうか。
自分は変わらず湯女のままで、いまだにこの場所にいる。
一歩、踏み出すだけでいい。
契約書は湯婆婆の手にあり、掟に従い契約は解くこともできるのだ。
「ああ……降ってきやがったな」
手に触れた、雫に空を仰ぐと、パラパラと雨が降り出したのがわかった……。
空から庭へ、視点を移すと、庭に背の高い青年がたたずんでいるのが見えた。
見慣れない青年、一見するとヒトのようだが、気配が只者ではないのが、リンにもわかった。