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赤と青の将

  蒼仁は困惑していた。

 わきあがる嬌声、そここに見える白い肌に胸乳、淫らな遊びに耽る者、酒に溺れる者、船の上からのらんちき騒ぎに辟易していたのが、ここへもってきて頂点に達したのだ。

「おいおい、そう難しい顔をするなよ、今我らは客ぞ、楽しめ楽しめ」

 そういう朱礼は両手に花と言わんばかりにはべらせた者へ接吻する。あまり見かけない色男に湯女達も嬌声をあげていた。

「いやぁ、天界もかくや、極楽とはまさにこのことか、それ、あそこへ行く湯女もまた小股の切れ上がった上品ではないか、おおい」

 朱礼の品の無い野次に一瞥をくれると、ひときわ背の高い、長い髪の娘は行ってしまった。遠くから「リン」と呼ぶ声がした、恐らくは娘の名であろうか。

「おや、つれない娘もいるものだ、こちらへはこないのか」

 ため息をつく朱礼に、右側の湯女が答える。

「リンかい? あの子はダメさ、器量もいいし、あたしらみたいにした方が身入りもいいだろうに、ガンとして仕事を変わらない、ちょっと変わってんのさ」

 そう言う湯女よりも、あの娘は美しく見えた、恐らくは(客をとるようなことがあれば)誰よりも着飾れば映えるであろう。

「おまえたちのような、というと、こうされたりする事か?」

 そう言って朱礼が湯女の太腿をまさぐった。甘い声を出して湯女がはしゃぐ。いっそうやに下がる朱礼を蒼仁が一括した。

「ええい! やめんか! 見苦しい」

「おぬしこそ場をわきまえよ、ここは『そういう場所』だ」

 朱礼が目を細める。

「……部屋へ戻る」

 そう言って、蒼仁が踵を返したところで、ぶしつけに一人の青年に出くわした。蒼仁より頭一つ分ほど低い身長、光の加減で黒にも緑にも見える髪を垂らして背で束ね、白絹の水干から伸びた手足はすらりとしている、幼さと、青年らしさの同居する不思議なたたずまいであった。

「いかがされました? お客様、何か手前共に無作法でも……」

 その青年は、どうやら客では無く、湯屋の者らしい。青年の出現に、少々ハメを外しすぎた湯女が姿勢を正しているのが見えた。柔らかな風貌に似合わない迫力に気おされて、一瞬蒼仁は鼻白み、再度その青年の顔をじっくりと見た。
 その眼差しに、頬から顎への造形に、確かに見たことのある面影を察知してはっとする。

 この御方だ。

「いえ、そのような事は……」

 探していた、公子に違い無い。そう思い、蒼仁は視線で朱礼に合図をした。合図を送るまでも無く、朱礼もその青年に見入っている。

「ハク様ぁ」

 とてとてと、跳ねるようにして、青いはっぴ姿の蛙が現れれ、青年に声をかけた。

「湯婆婆様がお呼びです」

「わかった、すぐ行く……お客様、それではごゆるりとおくつろぎ下さい」

 そう言って、その場を辞そうとするハクを蒼仁が捕らえた。

「お待ち下さい」

「……何でしょうか?」

 きょとんとして問い返すハクの両腕を蒼仁が掴んだ。

「お探し申した……竜の公子」

「突然何をおっしゃられます」

 いつの間にか蒼仁と並び立つ朱礼が答える。

「貴方様は海龍王がご子息にあらせられます、かつて、幼少のみぎり、母君の御生家よりのお戻りの途中、狼藉に会い行方不明に合われた……」

「はて、何を根拠にそのような」

 とぼけるように視線をそらそうとするハクに、蒼仁がたたみかける。

「この湯屋に、白い竜ありと聞き及びます。名をハクと呼ばわると、天地広しといえど、当世に白い竜は公子様お一人」

 朱礼が続けた。

「もし、仮に、私がそうだったとしても、あなたがたと参るわけにはいきません」

 ハクが柔らかく、しかしきっぱりと言い放つ。

「共にお帰りいただくが我らが役目」

 蒼仁の手には槍が。

「おいといあれば腕ずくでも?」

 朱礼の両手にはそれぞれ長剣と短剣の二刀が構えられていた。

「ここでは他のお客様のご迷惑、……それではこちらへ」

 促され、開いた窓から軽やかにハクが舞った。ふわり、と、屋根へ飛び上がる。

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