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湯屋「油屋」

 チン、トン、シャン……。
 チン、トン、シャン……。

 水面を滑る船では、賑々しく音曲が奏でられ、涼風が甲板をなぶっていく。船に乗り込むは、異形、異様の神々達。その中で、比較的人間に近い風貌のものが二柱、甲板でその身を夜風にゆだねていた。

 片や、深海の紺を溶かしたような深い青の髪をゆるやかに束ね、装束も青系統でまとめられている。
 片や、対照的に闇夜の篝火のような真紅の髪を逆立て、装束はもう一人とよく似た意匠でありながら、髪の色合いに併せた赤系統。

 並んで一対、奇妙な相似形の青い方が手すりによりかかり、船の上から身を乗り出す。向かう対岸にほの見える灯り。目指す場所、湯屋を眺めてこう言った。

「雑多なところだ……、これが神々の眷属の成れの果て……陸の者共の衰微ぶりは聞きしにまさる」

 吐き捨てるように言った青い方に、赤い方が答える。

「そうでもあるまい?あがめたてまつられずして神は無く、神なくしてまた、人も無い、これも折り合いのつけ方の一つさ、……どうにもお前は頭がかとうていかん、役得と思うてせいぜい楽しもうではないか、なあ、蒼仁(そうじん)」

「……朱礼(しゅれい)、お前は享楽がすぎる」

 蒼仁と呼ばれた青の装束の男は憮然として、身をひるがえした。

「どこへ行く?」

 と、問う朱礼に、背を向けたまま片手を上げ、蒼仁は客室のある船室を指差しその場から立ち去った。

「やれ、つくづく堅い男よの」

 朱礼は目を細め、一人ごちると、視線を対岸へと移した。目指す先、蒼仁の言を借りるならば、堕落した陸の神々の集うそこに、二人の目指す人物がいるはずであった。

 リン……リン……リン……。

 澄んだ鈴の音が聞こえてきたかと思うと、次には銅鑼の音が響いた。船は一度大きく揺れて、止まった。桟橋の向こうは薄暗いが、その先には赤々と灯火が見える。ひときわ大きな楼閣を持ち、煙突から煙をはいているのが、目指す場所、油屋。

「さて、陸のおなごは美しいか否か、お役目の前に確かめるのもまた一興」

 朱礼は武人らしい伸びやかな体躯を大きく伸ばし、息を吐いた。

「ではまいろうか?」

 いつの間にか看板に戻った蒼仁を促し、船を降りた。変わらず仏頂面をしているお役目大事の蒼仁の目をいかに盗むか、朱礼は既に役目を忘れかけていた。

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