始業式が過ぎて数日、千尋は、平穏な日々を過ごしている。ありがたいことにハクは授業中はどこかへ行っていてくれるようで、以前のように人前で声を出すようなことは無くなっていたし、転校生という孤独感は、理沙のおかげで微塵も感じることなく、授業と、友達と過ごす放課後と、新学期の毎日はめまぐるしく、しかし、しっかりと充実し、過ぎていった。
「ねえ、なんか門のところにヘンな人がいるみたいよ」
放課後、部活に出る理沙と別れ、帰宅するために下足箱を開いた時、一度門まで行った同級生が何名か戻ってきてそんな話をしている声が聞こえてきた。
「…どうしたの?」
千尋が尋ねると、同級生が答えるには、門をすぐ出た電柱の影に、ずーーーーっと立っている男性がいるというのだ。
「なんかね、外周してたソフト部のコが、おかしいってわざわざ言いに来てたのを聞いちゃったんだよね」
「30分くらい前からいるみたいだよ」
「あったかくなるとヘンなのが出るって言うし…」
実際、私立の女子高近隣、というのは、変質者も多く、何度かホームルームで注意を喚起されることもあった。よくあるパターンの、裸体に直接トレンチコート、という古典的な手法をとるものもいるらしい。できれば、そんなのとでくわすのはゴメンこうむりたいなあ、と思うのは千尋だけでなく、年頃の娘であればダレでもそうであろう。
「あ、先生が注意しに行ったみたいよ」
玄関から、数名の同級生と門のあたりをうかがうと、確かに、青年が一人、生活指導の女性教諭に詰問されているのが見えた。
それを機会とばかりに、千尋は同級生と連れ立って、詰問される青年を遠巻きに通学路を歩き出した。
三人で連れ立って(実はもう一人目に見えないのがオマケでいるのだが)歩く少女達が、
「先生さよーならー」
と、ジャージにウインドブレーカー姿の中年の女性教諭の横を抜けていく。
「いったいどういうつもりなんですか?」
「いえ、だからですね…」
問い詰められている青年は、一見普通の青年で、大学生くらいに見える。しかし、スーツを着ているあたり、サラリーマンらしい。ちょっと見にはさわやかで、変態行為に及ぶようなタイプには見えない。
その彼が、視線をあげて、通り抜けていく女子高生を…見た。
(ああっ!)
と、声に出しては言わず、じっと千尋の方を視線で追う。女性教諭の詰問はいよいよ厳しくなったが、青年は、千尋の姿を視線のはじにとらえながら、ひらあやまりに、「誤解です」を続けた。
目的は果たせた。彼女だ。
千尋は、そんな青年の視線には気づかず、同級生と談笑しながら商店街へ向かって歩いていた。父と二人、食事当番は千尋の受け持ちだ。学校帰りには、買い物をしていくのが習慣になっている。
青年は、ともかく女教師に謝りつづけると、とたんに身を翻し、逃げ去るようにして千尋を追った。背後から、女教師の声が聞こえてきたが、振り切るのは造作もないことだった。
女教師を振り切り、千尋の後をついて行く。電柱に隠れ、そのまま家をつきとめようと、影から出ようとした刹那。
「ああっ!スイマセン!!」
商店街の花屋であろうか、こともあろうに、歩き始めた青年に向かって、手桶の水がざんばりとかかる。青年は頭からそれを被ることになり…。
「…おかしいなあ、誰もいないと思ったんですけど…、本当にスイマセン」
と、言いながら、濡れ鼠の青年の背広をおもむろに引き剥がし、花屋の中年女性が、手にしていた手ぬぐいで青年の水気を払った。
「いや、あの僕、急いでるんで…」
背後のやりとりに、千尋は気づかず、横に並び立つハクは、引き起こされた結果に満足そうにうなずくと、青年の顔を、脳裏に焼き付けるようにじっと見つめた。
(あれは、誰だ…、何故、千尋の後を…)
声にはかけず、視線で、どうしたの?と千尋が尋ねるように覗き込んだが、ハクは答えず、せかすように、千尋を伴い、商店街を後にした。
青年が、花屋を辞して、千尋の姿を探した頃は、もう既に遅く、周囲を見回した程度では、とても見つけられそうになかった。
…いや、でも学校はわかったから。
青年は、携帯電話と取り出すと、事務所にいるであろう上司に報告するべく、ダイヤルを押した。2コールのあと、聞き知った上司の声がする。
「はい、こちら結界管理二課」
「お疲れ様です、唐沢です。見つけました、例の女の子の方…」
To be continued…