夕暮れの桜並木の川べりを、三人は歩いていた。
「自分がいるから心配いらない」
という黒ハクの言葉を、白ハクは軽く無視し、千尋のマンション近くまで送って行く途上の事。
両岸に桜が、ライトアップされて白く浮かぶ、整備され、まるで用水路のようなその川は、住宅地の中を緩やかに流れている。川べりの家々からのばされた電源の先にホットプレートで焼肉を堪能している家族もあれば、手弁当で花見に興じるカップルもいる。満開の桜と、両側に同じ顔の端正な顔立ちの青年二人、片や、黒い狩衣、長い髪をゆるやかに結わえた妖しくも美しい青年(ただし黙っていれば)、片や、髪を肩のあたりで切りそろえ、木綿のシャツにジーンズといったラフなスタイルだが長身で涼やかな青年。
これはもしや両手に花なのかな。と、千尋は思った。闇に浮かぶ桜はどこか禍々しいほどに、川を彩っていた。
「この川にも、ハクみたいに河の神様がついているの?」
どちらへともなく、千尋が呟いた。
「いる」
黒衣のハクが即答した。
「…だが、そうそう出ては来ない。それでなくても、この川は大分人の手が入って、自然の姿を保っていない、恐らくは、かなりの力を殺がれているのだろう」
「そして、多分、この桜のせいで、雑多なモノ達にさらされている…し?」
川と道路を隔てた手すりに腕を沿わせて、人とは思えない、ハクらしからぬ表情で白ハクが言った。うっとりと、桜へ視線を泳がせる。
並び立つ二人の青年と満開の桜、片や人であるはずが、桜の力か禍々しさを帯びて、まるで一枚の絵のようにも見えた。
「そなたが言うか?」
「僕も、多少は思い出しているんだよ、…君のおかげでね」
二人の視線が一瞬からみ、また、離れる。
一陣の風が、枝を揺らし、花びらが舞った。
紅い、灯篭のような街灯の下、舞い散る桜の向こうに、いつの間にか一人の女性が立っていた。ゆるくウェーブのかかった明るい茶色の髪をひっつめてまとめている。メタルフレームの眼鏡をかけて、グレーの地味なスーツは事務員のようだ。ただ、その表情は、菩薩にも似た笑顔で、思考がいまひとつ読み取れない。
ゆっくりと、三人の横を通り過ぎようとしているのか、向かって来る。
すう、と、千尋の横を通り過ぎようとした時、アルカイックスマイルを向け、一言耳打ちすると、千尋の表情が凍りつき、金縛りにあったように動きが止まった。我に返り、追いかけようとしたが、気が付くと、その姿は既に無く、かすかに舞い散る花びらがあるばかりだった。
膝の力を失い、よろけた千尋を白ハクが支えた。
千尋の体が震えている。
「…千尋?」
白ハクが尋ねる。
「…えてた」
「今の…人っ、二人のハクが見えてた…」
白ハクの腕が、千尋を支え、包む。二人のハクの視線が再び絡む。
闇に消えた気配を、追う術は、無かった。