カララン、カララン、と音をたてて、ガラス戸が開くと、制服姿の千尋が顔を出した。
おずおずと、中の様子を伺うように覗き込む。その姿を、リンがまず目ざとく見つけた。
「おーーーっ、センじゃないか!来てくれたのか?」
リンの姿を見つけ、千尋が安堵の溜息をもらした。
「リンさん…」
背後からもう一人、…と言うべきか、常に千尋の傍に侍る黒い姿を見つけ、リンは鼻白んだ。
開店した、とはいえ、すぐに入ってくる客もなく、リンは千尋をカウンターへ座らせ、注文のアイスティーをふたつと、カオナシ特製のケーキをトレイにのせて運んできた。
「びっくりした、本当にパソコンが置いてあるんだもん」
「俺はよくわかんねーんだけどさ」
カウンターから振り返ると横並びの席にデスクトップのパソコンが五台ほど並べてあった。
「元々は喫茶店兼飲み屋みたいなカンジの店だったらしい」
ハクは千尋の横でおとなしくアイスティーをすすっている。リンにはその姿が見えていたが、ハクの姿を見えない者がそれを見たら、宙に浮いているグラスに度肝をぬかれたに違いない。
そこへ、件の麻燐婆があらわれた。千尋達の姿に気づいて、少し微笑む。銭婆の鷹揚さと、湯婆婆の隙の無さが同居している印象を、千尋は持った。
「おや、お前さんがセンだね、よくもまあ、人の身であっちから戻って来れたもんだ、たいした娘だって聞いていたけど…見たとこ、普通の娘のようだねえ」
そう言ってまじまじと、千尋とハクとを交互に見つめる。
「…いい瞳をしている、どうだい、あんた、学校を出たらあたしの弟子にならないかい?」
間に立つように、ハクが麻燐婆の値踏みするような視線から千尋を隠した。
「おや、ボディーガードさんは否のようだ、…あんたも、あの湯婆婆を一度は追放したってんだから、たいした力の持ち主のようだけど…、フン、今は、そうでもないようだ、…いいのかい?『そのまま』で」
キッ、とハクが麻燐婆をねめつける。よけいな事は口にするな、と言うように。
「おやおや、怖いこと」
そう言って麻燐婆は肩をすくめた。
「うーん、しかし、まあ、客が来ないねえ」
店構えの胡散臭さから考えて、集客が無いのは無理も無かった。
「まあ、そうあせることもないか」
誰とも無しにつぶやくと、ゆっくりしておいで、と笑って麻燐婆は再び店内の奥へ消えていった。そうした麻燐婆の真意は、計り知れず、何を目的としているのか、リンにもよくわからなかった。
「まあ、俺は寝る場所と食べるモンを提供してもらって感謝してるんだけどさ、ちょっと気味悪いよな、あの婆さん」
千尋は、そんなに悪い人には見えないなあ、という感想を素直に口にし、ハクは押し黙って無言のまま、黙々とケーキを食べていた。
店内、奥のオフィスで…麻燐婆が笑う。
三人目の魔女の真意を、今はまだ、誰も知らない。