もしも永遠と呼べるものがあったなら…。

琥珀川の記憶


 身を清められ、化粧をほどこされた少年は、少女として儀式に赴く。御輿に乗せられ、頑強な男達がそれを四人がかりで運ぶ。

 川の祀りは、深夜、密かに行われた。

 あらぶる水流は田を流し、橋を流す。急流は恵みよりもむしろ脅威を人々にもたらした。そうした川を治めるために、ムラの長は力を尽くしてきた。人と自然の戦いに、終止符をうつことが、ムラに住まう者達の悲願であったのだ。だが、それは、あくまで「生きて」いく為の行為であったはず、それが、いつのまにか、川を御するという過分な望みとすりかわり、ムラに現れた異国の呪術師。

「よき方法がございます」

 耳打をする、何故たやすく余所者を信じたか、呪術師の持つ容貌は神がかって美しく、瞳に見据えられた者の多くは逆らう事ができなかった。

「…贄が、必要かと」

 選ばれたのは清らかなる乙女。長の、娘であった。

 神殿の奥間に押し込められた少女は、嘆かず、うろたえず、ただその場にある灯火をじっと見据えていた。整えられた装束に、髪には日陰蔓が巻かれていた。甘やかされて育った少女ではあったが、ムラの為に行動しなくてはならない父をおもんばかる事ができないほど愚かではなかったし、川が溢れるたびの嘆き、悲しみがなくなるのであれば本望だとも思えた。…だが、しかし。

 異国からやってきたという、亜麻色の髪をした呪術者の言を疑いなく聞き入れる事に、少々のためらいを感じていた。

 それとも、自分は川の神に奉げられるのが怖いのだろうか…。

 揺らめく灯火を見つめながら、思い出すのは一人の少年の事。幼いながらも誓った思いは、成就する事なく、消えていく。

 少女は震えた。自覚してしまった恐怖と、生への執着が、怒涛のごとく押し寄せる。小刻みに揺れる自分自身を抱きしめ、崩れそうに身を横たえた時、かすかな気配に気がついた。床の下から音がする。

 ねずみだろうか。

 とも思ったが、規則的に床を叩く音がする。同様に、床を叩き返すと、羽目板がはずれ、ススとくもの巣をかぶった少年が現れた。

 少女をさいなんでいた不安が一気に堰を切る。少年の導きで、少女は神殿を逃げ出した。


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