ハクと千尋が心配して姿を表した事件当日の夕方の事。
朝の一件で乱れた店内を半日がかりで片付けたリンとカオナシは少々疲労の色を浮かべていたが、やや興奮気味に顛末を千尋とハクとハクに語ってみせた。
「うーん、じゃあ最初から麻燐婆さんが出ていたら事はもっと穏便にすんでたのかも」
身も蓋も無い事をハクが呟き、
「でもリンさん、ケガとか無くて良かった〜、ヒドいよね、その人も」
と、これは千尋。
「……穏便、はて、本当に穏便に済んでいるのやら」
うそぶくのはもう一人のハク。
それはどういう、と、リンが問いかけようとしたところで、店の扉が開いた。反射的に笑顔を作り「いらっしゃいませ」と愛想良くリンが飛び出す。入ってきたのはどこかおどおどした印象のある青年で、背ばかりはやけに高いのだが、猫背な為か収まりの悪いような印象を与えている。
入ってきた客と入れ違うように、ひとしきりおしゃべりをすませた千尋達は精算し、店を後にした。帰途に着く途中、振り返った海月堂の明かりがぼんやりと灯っているのを一瞥し何か違和感を感じた千尋達だったが、言葉には出さず、家路を急いだ。
青年は、パソコンの置いてある席に陣取り、注文もそこそこにディスプレイに魅入られるたように視線を注ぎ、キーボードを打つ手を休めない。あんなハコの何がおもしろいんだか、とリンは思ったがオーダーを通そうとキッチンへ向かう。リンと入れ違うようにして、事務所から出てきた麻燐婆が珍しく店へ顔を出した。
店内にいる客は青年のみ。ディスプレイに集中している彼は、背後に魔女がいる事に気づかない。
慣れた手つきでいくつものウインドウを開き、ウインドウからウインドウへ、起動したままの自作ソフトは無作為な文字の羅列をセキュリティの甘いサーバーへログを送り続けている。自分のした事にムキになって反論する管理人をからかうのは、既に彼の悪趣味なライフワークであった。定職につかず、居心地のいい自宅にもパソコン、常時接続回線は完備されているが、先立っていい気になってIPサーチ程度で鬼の首をとったような顔で店に乗り込んだ例の対象を思うとこうした個人特定しづらい場所からのいたずらはやみつきになっている。
ディスプレイが一面黒く場面転換をした時、初めて背後にいる人物に気がついて、興をそがれた青年がイラつきながら振り向く。
……そして。
「お待たせしましたぁ」
コーヒーとトレイにのせたリンが現れた頃には、既に店内にいるのは麻燐婆のみだった。
「……アレ?ばーさん、さっきココにいたお客さんは?」
トイレかぁ?とテーブルにソーサー付のカップを置こうとしたリンを麻燐婆が止めた。
「さっきお帰りになったよ、精算は済んでるからね」
あっそ、と再びコーヒーをトレイに戻しているリンに麻燐婆が絹朱子に包まれた二つの鉱石を取出して言った。
「ああ、あとコレね、今夜の便で油屋へ送るからね、梱包しといておくれ、品名はね…『発火石』釜爺宛だ、貴重品だからね、取り扱いにゃ気をつけんだよ」
「ハイハイ、わっかりましたぁ」
再びバックヤードに戻って行ったリンを見送り、麻燐婆はそのままになっていた青年のディパックを持ち上げる、空に浮いたソレは一瞬青白く光り、跡形もなく消え去った。
「本当にねぇ、アレを作るにゃ苦労するんだよ」
黄昏時の店内に、魔女の独り言が響いた。
……クスクス。
……クスクス。
どこかで、子供の声が……。
火鬼子・(了)
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