そして、再び明け方の海月堂、リンに襲い掛かる男を、別の男が捕らえた。
「いったいどういうつもりだ! 警察を呼ぶぞ!」
そう一喝する祐介の姿はいつもの穏やかな様子とは違っている。しまりのない顔も2割増しに引き締まって見えた。一見してやさ男なのは見た目だけなのか、掴まれた腕をふりほどこうと男が暴れても、びくりとも動じない。獣じみたうなりをあげながらもがく男をしっかりと捕らえ続けている。
「リンさん、何か縛るものを!」
「あ……、ハイっ!」
祐介の勢いに気おされてリンがあわてて立ち上がった。着衣の乱れも正さずに、リンが縄をとりにバックヤードへ戻ろうとした刹那。
「ぐぁぁぁぁぁ」
取り押さえられた男が咆哮をあげる。口角から泡をふき、視線も定まってはいない、捕らえられたにもかかわらず動き続ける腕と足、腕には祐介の爪が食い込むほどに強く握られているというのに痛みを感じている様子はまったく無い。もはやそれは人のものではなかった。
リンはその姿に戦慄し、そして、そうした男を容易く取り押さえている祐介に驚いた。
「ったく、オレもヤキがまわったかな」
ぽそりとつぶやいて、リンは思わず肩をすくめた。
……その時だった。
今にも発火しそうなほどに、男の体が熱を持ち始めたのだ。
青白い燐光を身にまとった姿は冷たくさえ見える、しかし高温の炎はむしろ青白く、その急激な熱上昇に思わず祐介が男の戒めを解いた。
「しまった!」
自身の発熱に、口元を苦痛に歪めながら、しかし男はまっすぐにリンを目指す。思いがけない男の動きにリンは虚をつかれ身動きとれずに立ちすくむ。
祐介が床を蹴るのと、祐介の姿に身を隠していたカオナシがリンの危機を救うべく飛び出したのはほぼ同時だった。
期においては祐介が上回り、速度においてはカオナシが勝っていたが、リンをかばったのはほぼ同時。男の両腕からそれぞれリンをかばうように左に祐介、右にカオナシ。すんでのところで男の脅威から再び救われたリンは息をのみ、次いで祐介が苦痛に堪えながら懐から一枚の札を取り出した。意気を込めて男の額に札を貼り付けると、瞬時に男の動きが止まった。
祐介は、男の動き、リンの危機よりもむしろ仮面をつけた黒衣の影……カオナシに驚いていた。
「君は」
そう言いかけた時、さらなる気配に気づき、意識を向ける。そこには一人の魔女が立っていた。
「ばーさんっ!」
やっと姿を現した雇い主の姿に、不覚にもリンは安堵のため息をもらした。