会見は、ひどくあっさりしたものとなった。たった一人でやって来た男は、本当にごくごく普通のサラリーマンで、掲示板にあったような居丈高な物言いもせず、むしろ終始にこやかなくらいだった。テーブル席の一角でのやりとりを、カウンターから千尋とハクとハクが様子をうかがい、やってきた男と、その向かいにリン、リンの隣りに祐介が座った。麻燐婆は、終始姿を見せなかった。店の奥から様子をうかがっているのか、それとも店にいないのか。カオナシは、厨房からフロアから見えないギリギリのあたりに控えている。カウンターから、ちらちらと見えるが、テーブル席の二人から見えなければいいわけで、千尋もハクも、とりたてて、申し立てたりはしなかった。
「ですから、…そうですね、たとえば、包丁を売っているでしょう?この包丁は、元々料理に使うものですが、ひょっとしたら凶器にも成り得ます。もしかしたら、押し込み強盗に使われるかもしれない、…極端な例かもしれませんが、この場合、包丁を売った金物屋に責任はあるのか、と、こう考えていただきたいんですが」
テーブルの上にはデジタルレコーダーが置かれ、祐介はゆっくりと、言葉を選びながら説明した。千尋とハクが遠巻きに、うん、うん、と頷きあい、もう一人の黒衣のハクは、たいくつそうにそのやりとりを眺めてた。
リンは、ほとんど口をきかなかったが、それでも、いくつか状況説明をした。男は、穏やかな表情を崩さなかったが、帰り間際、捨てゼリフのようにこう言い残した。
「でも、だったら、僕のこの憤りはどこへ持っていったらいいんでしょうね?」
微笑んでいるようで、ねめつけるようで。しかし、その視線はどこか爬虫類じみていた。
とにもかくにも、思ったより大事にはならず、男は帰っていった。やくざまがいの男が来るのかと身構えていたハクはその緊張を解き、店内には安堵の雰囲気が漂う。
「で?結局どうなったんですか?」
千尋が祐介に尋ねた。
「コンテンツアドバイザって、あるよね、ブラウザの機能に、本来はキーワードとかで制限をかけて、該当するサイト、まあ、ポルノサイトとかなんだけど、…を見れないようにする機能でね、これに、彼のサイトの掲示板とインデックスページに入れないようにこっちで処理をする方向で…ってコトで」
「でも、それだと、別のブラウザをダウンロードされてしまったら意味ないんじゃないですか?だったらあちらにアクセス制限をかけてもらって、ここのIPアドレスをはじいてもらった方が早いんじゃあ…」
ハクの問いかけに、祐介は苦い顔で答えた。
「彼自身が動くのはスジ違いだろう…ってあんまり言い張るんでね、…ゴメン、リンさん、オーナーさんの許可もなく」
さきほどからのやりとりがちんぷんかんぷんなリンが、ようやく答える。
「いや、婆さんには俺…っと、私から言っておきます。本当、ありがとうございました」
操作は祐介が行うことになり、リンは少しでも日当が出るよう、麻燐婆に交渉するという。
もう遅いから、と、ハクが千尋を送って帰り、祐介も明日開店前に寄ってもらうよう約束をして、店内には、リンとカオナシだけになった。
「…アッ…アッ…」
「心配すんなって、けっこうマトモなヤツだったじゃん、大丈夫、そんな大げさなコトじゃないさ」
心配するカオナシに、リンは笑顔で答えたが、案の定、カオナシの危惧は的中してしまうのだった。
帰宅し、祐介は、いつも電源を入れたままにしているデスクトップに向かい、メールチェックをしながら、先ほどの男のサイトを見、絶句した。インデックスに大きく張られたタイトルには、非常識極まりない罵詈雑言の数々と、先ほどのやりとりを誇張し、拡大解釈した上に、被害妄想に取り付かれた男の文章が掲載されていたのだ。
「話をしたのは、例の電話のねーちゃんらしい」に続くリンの描写は、猥褻、かつ下世話で、祐介でさえ目をそらしたくなるほどだった。
「頭が悪そうで、とろそうな兄ちゃんで」というのは譲ったとしても、それに続く、こちらの主張がもののみごとにすりかわっていた。そこに書かれたリンと祐介は、ひどくものを知らず、浅薄で狭量な人間のように見える。否、意図してそう見えるように書かれている。そして、彼自身は、ネットでの自治を守る正義の戦士とでも言わんばかりだ。すぐにリンに知らせるべきだろうか、とも思ったが、祐介はしばらくモニタを見つめ、決意したように、キーボードを叩きはじめた。