「アッ…?」
できあがったイモリの黒焼き定食を載せたトレイを、カオナシが差し出した。首をかしげ、仮面の陰影から、「大丈夫?」と尋ねているのがわかった。この仮面の相棒は言葉を持たない。かつて、油屋で青蛙、兄役、湯女の一人を飲み込んだ時は、それらの声を借りて話す事ができたが、今は小さな嗚咽を漏らすだけ。辛抱強く、マイペースな彼(?)は、リンと共に千尋を守る為にここに来たはずだった。が、今、千尋の傍には、二人の守護者(正確には元は一人だった龍神が、人と、意識体に分裂してしまっているのだが)がいる。
時々、リンは思うのだ、自分は、何の為にこちらに残り、毎日を過ごしているのだろうか。と。仕事は、むしろ楽になったと言っていい。ただ、以前、油屋にいた頃、海の向こうの時計台の明かりを眺めながら、いつか出て行ってやるんだ、という思いもかなった筈なのに、「やりたいこと」が見つからないのだ。
湯婆婆の要請でここにいるのも気に入らないのかもしれない。場所が変わっても、あの魔女との契約がいまだ続いていて、完全に自分は自由ではないのだ、と気づくのだ。
「…?」
「ああ、悪ぃ、さめちまうよな、うっわーあい変わらず美味そうだなぁ、いい腕だぜ、カオナシ」
にかっと笑って、あわててトレイを受け取り、フロアに出た。
そして、リンはフト思う、何だってカオナシもこっちに残ったんだろうな。
「お待たせしましたァ」
と、笑顔でカウンターに置く。リンは、祐介の秋波にはまったく気づいていない。祐介の道は、どうやら遠く険しいものになりそうだった。
「リンさん、あの…」
祐介がリンに話かけようとした時、店の黒電話が鳴った。麻燐婆がリンを呼ぶ時は、主に呼び鈴が使われる、今鳴っているのは外からの電話だ。めったに鳴らない電話に戸惑いながら、リンは受話器をとった。
To be continued…