逢魔の刻〜神隠し〜(19)

 時が止まったかのように、ゆっくりと堕ちていく少女。

 あらがなえない誘惑に、負けそうな自分へのはがゆさと憤り。

 そう、私は、惹かれてしまったのだ、あの、美しい魔物に。

 過去も、両親も、すべて捨てて、我が身を委ねたいと…思ってしまった。

 罪深き我が身を、どうか…、許して、とは言えない。

 けれども、否定できない、この思いを、もう、どうすることもできなかった…。


「「千尋!!」」

 別れたはずの二つの意識が、重なる。

 …失いたくない、助けなくてはいけない。

 堕ちていく少女を追って、ハクは飛び降りた。

 追いつけない、逃げていく、

 白いハクは強く願った、力が欲しいと、少女を、千尋を助けるために

 黒いハクもまた願った、人としての肉体で、竜に転じることを。

 焼け付くように、痺れる体。全身で、自分を別の生き物に変えようとする、痛み。

 だが、既に人となった身で、竜に転じる事はできない。

 このままでは、千尋が…。

 ハクの体から、先ほどとは逆に、黒いもやが出でる。それは、瞬く間に、白い竜の形を成した。

 加速をつけて、千尋を追う。

 人の身も、また、少女を捕まえた。が、空を飛ぶことのかなわない人は、少しでも少女を庇おうと、抱きしめた。

 地面に、叩きつけられそうになった刹那、何かが、ハクと千尋を救い上げ、そのまま、再び楼閣まで飛び上がった。

 わずかな時間が、ひどく長いもののように感じられた。

 意識を失ったままの少女は無傷であった、人もまた、己の体を取り戻していた。

 …そして、竜が、二人を助けた竜だけが、息も絶え絶えに、消え入りそうになりながら、少女へ視線を投げる。それは、肉体を持っていない、意識体のようで、半透明な白い竜の後ろの壁が透けて見えている。

 少女の無事を確認すると、そのまま竜は、その場に倒れた。

NEXT>>
TOP>>

壁紙提供:Vague Sound 〜free material〜様