話は思いがけず発展する。
黒ハクの使者を名乗る者が、百道家の玄関先にあらわれたのは、その日の夕方だった。
黒の紋付を着たその男は、一見、ただの人間に見える。ただ、強いて分類するのであれば、爬虫類じみた顔。という事になるのだろうか。対応したのはハクの義母で、千尋達の事情、神楽の事件を把握しているからか、生まれつきのせいなのか、鷹揚に答えた。
「仮に、千尋ちゃんがあなたのご主人様の許婚だったとしても、会わせるわけにはまいりませんわね。」
にっこりと、張り付いたアルカイックスマイルを崩すことが無い。
「ですが、荻野家の方は既に結納の品を受け取っております。このまま花嫁をお渡しいただけないのであれば、古来のしきたりにのっとり、相応のけじめをとっていただかねば。」
爬虫類顔の男も引き下がる様子が無かった。
「けじめとは?」
「花嫁の…命を。」
「な…!」
「今晩、お迎えに参ります。隠しだてすれば…。おわかりですね。」
義母の表情が崩れた。その隙をついて、男は畳み掛けるように言い放つと、すう、と玄関を後にした。
「何なんだよ。結納って。」
どん。とリンがちゃぶ台を叩いた。茶托に載った湯飲みがカタカタと音をたてる。
「今晩、迎えに来ると、義母は言っていた。義父は、絶対に行く必要は無い、と言い張っているが。」
ハクは腕を組んで考え込んでいる。
「千尋ちゃん。結納って…何かわかる?」
覗きこむようにして問いかけるのはハクの従兄弟の理人だ。
結納…。なんだろうか。両親が石にされる前に何かうけとったのだろうか。だが、家にはそれらしいものは残されていなかった。
「何だろう…、すいませんわかりません。」
廊下を、パタパタと歩いてくる音がしたかと思ったら、障子が開き、大きな包みを持って、ハクの義母が現れた。
「義母さん、それ、どうしたの?」
怪訝そうな顔をして、包みを下に降ろすと、千尋に向かって、義母が言った。
「それがね、いつのまにか玄関先に置いてあったのよ。誰か来た気配なんてなかったのに、宅急便の送付票はついてるんだけど、送り主が書いてなくて…、ただこれ、千尋ちゃん宛みたいなのよねえ。もしかして、夕べこっちに荷物送った?ハク?」
「いや…、送って無い、けど。」
「とにかく、開けてみれば解るよ。」
言って理人が包みに手をかける。
…同じような事が、あった。
「あ!」
突然千尋が声をあげた。あの着物…。届いた小紋、送り主の無い荷物。もしや、結納というのは。
包みを開いて、皆、仰天した。
それは、一そろいの白無垢。
花嫁衣裳だったのだ。
「もしかして、これって…。」
包みを開いてしまったばつの悪さか、しどろもどろに理人が言う。
「あいつから…、だな。」
ハクが言うと、一同が、千尋に注目した。