親王〜女雛〜逢魔の刻

 街道を、黒いバイクが疾走していた。そして、平行して空を舞う白い竜。黒いバイクに乗るライダーの肩には女雛が載っていて、信号待ちのたびに、周辺の車を驚かせていた。白い竜は常人には視認できないため、白ハクのみが注目を浴びることになる。

「で?次はどちらなんですか?」

 周囲の視線を意に介さず、肩にのせた女雛に向かって白ハクが問い掛けた。

「ええい…よく揺れる輿じゃなあ」

 女雛はぼやき、しばし、空気の流れを感じる為目を閉じた。

「あちらじゃ」

 再び女雛が指し示した方角へ向け、黒いバイクと白い竜は向かった。

 小さな川に懸かる橋に差し掛かった時、女雛が叫んだ。

「あそこじゃ!」

 今まさに、一人の老婆が橋から飛び降りようとしているところだった。周囲には人影はおろか、車の姿も見えない。

 スタンドを立てる暇もあらばこそ、ハンドルを切りそこなったバイクは転倒したが、かろうじて受身をとった白ハクは立ち上がって駆け寄り、老婆を橋へ引き戻した。

 肩から落ちたかと思っていた女雛を、人の姿に戻った黒ハクがかかえている。

「間に合ったようだな、お前もやればできるではないか」

 嫌味ぽく、黒ハクが言うと、白ハクが息をきらせながらかすかに笑った。

 ショックのあまり、志摩子と呼ばれていた老婆は気を失っているようだった。春先のこと、河原の木の下、柔らかい芝の上にその身を横たえさせ、ハクがライダージャケットを脱いで上にかける。

 横たわる老婆を、女雛が見守る。

 老婆が、時折うなされたようにつぶやく。

「…ごめんなさい、ごめんなさい…」

 涙が頬を伝って落ちる。

「どういう事情か、聞く権利はあると思うんだが…」

 いつの間にか、すっかり付き合わされてしまった黒ハクが女雛に問い掛けた。

「…そなたら、『神隠し』を知っておるか?」

 白と黒のハクが互いを見つめ合い、それぞれが言う。

「知っている」

「…とても、よく」

 老婆の横から一歩も動かず、女雛がとうとうと語り始めた。

「志摩子は、神隠しに逢った娘、そして、戻って来た娘」

「何よりではないか?」

 視点を定めず、黒ハクが答える。

「身一つで帰ればな」

 女雛が言う。

「志摩子は、わらわを持ち出したのじゃ、紛れ込んだあの場所から」

 風が川面を渡っていく。老婆と、女雛と青年二人。見るものなきその場所で、言葉がゆっくり紡がれていった…。

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