水妖妃(3)


 肺の中まで水に満たされる頃、幼子は既にこときれていたはずだった。目を向いて、体にくくられた重しに引かれるように、水底へ落ちていく。澄んだ水の向こうで、言葉を知らないままに、だが、その瞳は、自分の身にふりかかった災厄を自覚して、相手をなじるようでもあり、何が起こったのか、わからない戸惑いのようでもあり…。

 我が子を水へ委ねた母親は、結った髪を解き、続いて我が身をも川面に続く。

 蝉時雨は鎮魂になるのだろうか。

 響き渡る、叩きつける。空気の振動。

 皮肉なほどに、ぬける青空に思う。

 罪を負うべきは自分ではないはずではなかったのか。

 …引き裂かれる衣の音。

 酒気を帯びた熱っぽい息がかかる。

 それは、熱帯夜の夜のことだった。

 部屋で一人眠っていたところにあらわれた闖入者。

 まずは口を塞がれた。布のかたまりを押し込められ、声が殺される。

 這いずり回る指先と、舌。

 腕を掴まれ、逃げる事もできず、したたか頬を殴られた。

 のしかかる重み。

 暴力という名の愛撫。

 だが、その行為に、果たして愛はあったのか。

 考えてもせんなきは、なされてしまった事実とあかし。

 白くあけていく空を、空しく眺める頃まで、嬲られ、娘は、汚された。

 では、呪おう。

 黒髪が、川面に禍禍しく広がる。

 我が身を汚したすべてのものを。

 母の体の、心音が途絶える。

 愛すべき我が子を愛せなかった母親は、贖罪に呪詛を選んだ。

 …未来永劫、たとえこの身を失っても。

 そして、母が、子供を伴って川に消えたちょうど一月後の同じ日に、彼女にとっては叔父にあたる、近隣でも評判の好色漢が、死んだ。

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