水妖妃(1)


 千尋の通うことになった学校は、歴史のある古い建物が多く、敷地の中にはいまだ木造の校舎も残っている。良妻賢母を育てるミッション系の学校のためか、礼拝堂も存在する。煉瓦造りの蔦の絡まる古い礼拝堂に、背景とは違和感を禁じえない、黒い狩衣の青年が立っている。人ならぬ彼を、視認できる者は少ない、だが、彼に対面するように立つ「モノ」には、彼が見えていたし、彼にもまた、人ならぬ「モノ」の存在をはっきりと感じていた。

 天窓から降り注ぐ七色の光を避けるように、暗がりに立つ「モノ」が、蠢いた。

「お前は、そこで何をしている」

 「モノ」に向かって青年が問い掛ける。だが、それは答えず、わずかに身じろぎをした。すると、青年はそれに歩みより、逃げるようにするそれを捕まえた。

「お前が何者かは問わぬ、何をしようとも知らぬ…だが、…『千尋に』何かしてみろ、その時は、容赦はせぬぞ…」

 冷ややかな、射殺すような視線だった。

「よいか、警告はした、貴様ごとき、あとかたもなく消し去ること、造作もないのだからな…」

 千尋は決して知ることの無い、残忍な表情が、そこにはあった。ハクは身を翻し、そこから消え去った。礼拝堂は、まるで何事もなかったかのように、春の日差しが宙空を漂う塵を照らす。

 凝った闇から、姿を表した「モノ」は、女の姿をしていた。虚ろな瞳は、光を映さず、白い顔にはいくすじの黒髪がかかる。その表情は、「泥眼」に似ていた…。

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