もしも永遠と呼べるものがあったなら…。

琥珀川の記憶


 川面を見渡す崖の上、少年の体に重しがつけられた。吹き上げる風が、解いた髪を揺らす。

「よろしく伝えておくれ、川の神に」

 少年の耳元で、呪術師が囁いた。

 少年は無言で呪術師から視線を逸らした。

 呪術師は潔い少年の態度が不服らしく、続けた。

「黄泉で、娘と再会できると思っているのか?言ったろう?お前はその身も魂も川の神のものとなる、人が死して行く場所へ戻れると思っているのか?」

 少年の表情が変わった。浮かぶのは怒りと、呪術師への憎悪か。

「そうだ、その顔だ、もっと私を憎むがいい、そして、娘に執着を残すといい、怒り、妬み、悋気、恋情、そうした心を強く持てば持つほどに、私の願いはかなうのだ、お前はあの娘には会えない、会えたとしても、転生を続けるさまを指をくわえて見ていることしかできんのだ」

 それはどういう…、

 少年の声は言葉にならなかった。突き落とされた水の中は、暗く、冷たく、もがけばもがくほど、重しをされた縄が体にくい込んでいく。

 肺の中が水で満たされていくのを感じながら、少年は次第に意識を失っていった。途切れていく意識の中で、暗い水の底の底に、かすかな明かりが揺らいでいるのが見えたような、気が…した。

「この川があるかぎり、お前は存在し続ける、川の神の元で、いいか、私を忘れるな、私という存在を忘れるな、私への怒り、憎しみ、娘への思いを忘れるな…」

 頭の中で、呪術師の声が響いた。言われなくても、忘れはしない、この…怒りを、そして、少女への思いを。

 ゆるゆると、体が変容していくのを黙って受け入れながら、少年の意識はいつしか川へ解けていった。

 それは遥か昔、文字さえない時代の、名もなき少女と少年と、呪術師の物語。

 ―――以降、その川は琥珀川と呼ばれるようになった。少女の名か、少年の名か、はたまた呪術師の名であったのか、今は誰にもわからない。沈黙する川は、埋め立てられてすでに無く、打ち捨てられた廃墟があるばかり。


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