火鬼子(5)


額には祐介の施した札の封印。そして、後麻燐婆によって戒められた男はそのまま床に横たわっている。

「そうかい、そんな事が……」

麻燐婆を囲み、リンと祐介がかわるがわる事の次第を報告した。祐介は終始カオナシが気になって気になってしかたがなかったのだが、状況が状況なだけに切り出す事ができず、もやもやした気持ちを引き摺ったままであったのだが……。

「そりゃ、悪かった。リン、すまなかったね、……カオナシもよくやってくれた」

そう言って麻燐婆は祐介をじっと見つめ、その瞳を見据えて強い口調で言った。

「お客様にまでご迷惑を……ウチの『従業員』がいたらず申し訳ございませんでした」

従業員?…従業員?!アレも?と、心の中でつっこみを入れながら、脂汗を流した祐介は麻燐婆の視線を逸らす事ができなかった。

「しかし、ご協力感謝いたします、お礼はまたいずれ……あとは私共にお任せ下さい」

否応無い口調は、それ以上の介入を許さないと言外に訴えているようにしか聞こえなかったが、ここで食い下がるのは得策では無いと祐介は本能で感じ取り、社会人生活で実につけた心の無い笑顔を浮かべ、「いえいえ」などとあたりさわりの無い答え方をする。

「こちらも、聞けば当方の不手際にて苦情を訴えられた方とか……示談ですむよう私の方で手配いたしましょう……リン」

麻燐婆はリンを近くまで呼び、耳打ちをした。祐介をもてなしておひきとりいただくように、といった内容が漏れ聞こえてきた。
リン、祐介は麻燐婆の促しに従い別室へ移され、カオナシもいつの間にか姿を消した。フロアには麻燐婆と捕縛された男だけが残った。

リン達の姿が消えたのを確かめて、麻燐婆が整えられた鋭利な爪を持つ人差し指を、くい、と上に向けると、力を失った男の上体がガクン!と起き上がった。

「やれやれ、危うく燃えきっちまうトコロだったよ」

そう呟き、人差し指を左から右へ一文字、くぅ、と引くと男の口から黒い糸状のものがあふれ出した。糸はまるで蚕が繭を作るように男の体を取り巻き始め、またたく間に男の体は細い糸のみっしりつまった糸玉か繭のようになった。
ひとかたまりになったところで、横へ引いた指先でくるりと円を描き、宙に描かれた見えない円を手のひらで掴むと、高圧縮で繭は拳程の大きさの鉱物に変わり、音を立てて床に落ちた。
それは糸から成るようには見えない程の高密度を持ち、掴むと見た目よりもずっと重いのがわかる。できあがったそれを、麻燐婆はほくほくと眺め、取出した絹朱子で包み、大事そうに懐へしまった。

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