逢魔の刻〜神隠し〜(14)

 規則的な雨音、カーテンの隙間から入り込む月明かり。

 …そう、月明かり。

 その晩の天気はひどく奇妙だった。青く輝く月には暈がかかり、雨が月明かりをうけて輝いている。もしかしたら、虹も出ていたのかもしれない。夜の虹。七色ではない、青と黒、そして薄白のグラデーション。

 神社の参道を挟む灯篭に明かりが灯り、花嫁行列はゆっくりと神社を出て行った。白無垢の花嫁は馬に乗せられ、柄の長い大きな赤い傘を持った随従が花嫁を雨に濡らさぬよう、掲げている。

 黒鹿毛のつややかな背には色鮮やかな鞍が乗せられ、ひと揺れごとに鈴の音がする。行列は白い綿帽子を気遣いながらゆっくりと神社を後にし、いつしか森の中へと消えていった。行列の姿が消え、灯篭の明かりが消えても、しばらく、しゃらしゃらと鈴の音が響いていた。

 異形の花嫁行列が消えると、その痕跡を隠すかのように雨はその強さを増し、闇雨月の宵、残された者達は、去っていった者共の無事を祈るように天を仰ぎ見た。

 さなか、行列を追う、二つの人影。息を殺し、気配を殺す。気づかれてはいけない。動き始めた婚礼を。闇にまぎれて、向かうのは…。

 

 


 

 赤い、モルタルの隧道、闇の中、その赤さは不気味な血溜りのようにも見える。吸い込まれるように消えていく花嫁行列を、人影達も追って消える。

 さあ、今宵は婚礼の晩。

 名うての龍の若君の、花嫁御陵は人だとか。

 囁き合うのはもののけか。

 はたまたそれは古の、神々達のなれのはて。

 おいでやおいで、この夜に、祝いの言葉をかけておくれ。

 すれば少しはおこぼれに、あずかりしれるやもしれぬ。

 贄にはたんと…。


 

 


 

 隧道を抜けた先は、雨がやんでいて、星も見えない明るさだった。そこは大きな市で、立ち並ぶ屋台からは何かが焼かれて焦げる香ばしい臭いや、湯気。活気ある呼び込み。猥雑で、雑然としたその場所が、花嫁行列の出現に、ばたばたとあわただしく隠れていく。屋台の主は品々をしまい、扉のある見世は扉を閉めてしまった。

 活気の名残の静けさの中、行列は真っ直ぐ船着場を目指した。広い川幅の向こうにかすかな明かりが見える。

 懐かしい、それは油屋。かつて、対岸からこの時計塔のある岸を、絶望とともに見たのは、もう、随分と前の事。信じたかった、これは夢だと。

 消えていく体、船から現れた異形のモノども。

 今度は、反対に、船に乗って油屋に向かう。

 あの時、助けてくれた少年は、もういない。この世のどこにも…。絶望をこめて、千尋は暗い川を見つめていた。

 一方、士郎…、人となったハクも、奇妙な思いでこの世界を見ていた。

 どこかで、見たことのある景色。

 あの、リンの言う事が確かであれば、かつて生きていた場所。やはりそれは確かなのだろう。そう、見覚えがある。自分は、この場所を知っている。

 あるいは、ここへ帰ってきてしまったのだろうか。望郷とはまた異なる。言葉にできない感慨を込めて、ハクはぼんやりと灯る油屋の明かりを眺めていた。

 船が川を渡りきると、出迎えた紋付の男達に従い、黒鹿毛は不思議の町へ消えていく。後を追ってきた二つの影は道をそれ、直接建物へ向かう抜け道へ、別れていった。

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