逢魔の刻〜神隠し〜(12)

 あぶくたったにえたった
 
 にえたかどうだかたべてみよう

 「むしゃ、むしゃ、むしゃ」

 「まだにえない」

 あぶくたったにえたった

 にえたかどうだかたべてみよう

 「むしゃ、むしゃ、むしゃ」

 「もうにえた」

 とだなにしまってかぎをかけて

 おふとんしいて

 「ねーまーしょ」

 こん、こん

 「なんのおと?」

 「かぜのおと」

 こん、こん

 「なんのおと?」

 「おばけのおと!」

 「きゃーーーーーーーーーーーーーー」


 

 

 


 千尋が目を覚ますと、いつもと違う天井に違和感を覚え、横に敷かれた布団で眠っているリンに気づいた。

 夢だったらよかったのに。

 石になった両親、残された自分。戸締りをして、再び神社に連れてこられて、そのまま眠ってしまったのだった。

 リンは規則的に寝息をたてている。枕元にも部屋にも時計は無く、ふとんに掛けてあったはんてんを羽織って部屋を出た。縁側の冷たさと、白い息に、まだ早朝だという事に気づく。

「おはよう。」

 不意に声をかえられて振り向くと、剣道着に、タオルを首にかけたハクが立っていた。

「あ・・・。おはようございます。」

 既に一汗ながしてきたといった風のハクの顔は少しだけ上気している。吐き出される息がよりいっそう白い。

「よく眠れた?」

 ハクが濡縁に腰をおろす。並ぶようにして、千尋も膝をついた。

 だが、千尋は無言でうつむき、答えは返せなかった。

 気まずい沈黙が流れる。

「「あ・・・、あの!」」

 二人同時に声を発して、またさらに気まずくなる。

 千尋は、そもそも、彼を何と呼んでいいのかわからなかった。自分を覚えていないハク。自然、敬語になり、言葉を探しながら話すことになる。高校は別だが、歳は上なわけだから、やはりここは「百道さん」とでも呼べばいいのだろうが、中々踏ん切りがつかない。

 一方ハクは、やはりどう接していいのかがわからなかった。昔会ったことがあるといっても、記憶がない以上、初対面同然で、クラスメートと同様に「荻野さん」とでも呼べばいいのだろうが、奇妙な違和感を感じて口に出せない。

「僕のことは、ハクでいいから。」

 意を決して先に言葉にしたのはハクだった。

「あ、じゃあ私のことも千尋…、と。」

 視線が合うとどちらともなしに吹きだした。

「…なんだか、可笑しいね。」

 微笑んだ顔は、昔と変わりないハクだったので、千尋も安心して、笑う。夢見たような再会劇は無かったが、こうしてまた会えたことに、まずは感謝しよう。と、思うことにした。問題は、山のようにあるけれど。多分、怖がったり、不安だったりしても、起きることが同じなら、せめて気持ちだけは、自分を失わない様、立ち向かっていこうと、密かに決意をした千尋だった。

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