親王〜男雛〜不思議の町side

■いささか無粋な前口上■

 よもや、このページ「から」読む方はいらっしゃらないと思いますが、念のため。
 このお話は、映画「千と千尋の神隠し」のパロディサイトをベースに書いています。基本設定としましては、千尋、16歳でハクと再会。その後、不思議の町に残り、ハクと共に生きる、という状況で書いております。拙作「いつか不思議の町で」内で言うところの「ドラゴン×ドラゴン」のちょい前くらいです。

 

…それでは、どうぞ。

 

 


「さーあ、今日は忙しいよ!皆、気合い入れておもてなしだ、いいね!」

 その日、油屋ではめずらしく全体朝礼があった。年に数度、神が大挙して湯屋を訪れる日がある。今日は雛祭り。樟脳臭い箱から出された人形達が、羽を伸ばせる数少ない日。

 少しでも回転率を上げて、稼ぎをあげたい湯婆々の毎年の方針で、今宵は泊まり客をとらない。その代わり、薬湯はフル稼働して人形に宿った精霊達を迎え入れるのだ。

 川を渡る船の中から、五人囃子の奏でる楽の音が響き合い、三人官女のさざめく笑い声がそれを彩る。いつもはしかめつらの矢大臣も直垂をゆるやかに着て、くつろいでいた。

 対に立ち歩く、親王達もあでやかに。湯屋の一日が始まった。

 帳場でハクは割符の整理と、人員配置におおわらわであった。かきいれどきの客数を数字にして知りたがる経営者の為に、どんぶり勘定をするわけにもいかず、かといって、流れを途切れさせる事を何よりも嫌うため、ハクをはじめ、帳場の面々は、まさしく神技さながらに、次々と客をさばいていく。

 千尋といえば、リンと共に同様人員手配に追われていた。とにかく、湯の掃除がおいつかない。高みから見下ろし、客である神々に気取られぬよう、暗号で指示を出す。声もかれんばかりに、目まぐるしく過ぎていく似たような顔の精霊達。

「センお前、大丈夫か?なんだか顔色悪いぞ」

 先ほどから、しきりによろけている千尋を心配してリンが覗き込む。

「…、大丈夫、ちょっと、ふらふらするだけ、きっと熱気のせい。大丈夫だから」

「そうかあ?しんどかったら言え、誰かよこしてもらうから」

 ふっ、と気を抜くと、あっと言う間に待ち行列ができてしまう。わたわたと、再び二人は指示を出し始めた。

 となれば、釜の方もフル稼働となる。

「とっとと石炭をくべねーか!チビども!」

 苛立たしげに、木槌をふるっての釜爺の絶叫もむなしく、釜の温度が下がりそうになった、その時、

「婆々に言われて手伝いに来た!釜爺、大丈夫?」

 坊が石炭を抱えるだけかかえてぽいぽいと釜に投げ込む。

「ススワタリ達はここに山、作って!投げ入れるのは僕がやるから!…釜爺、釜は?もちそう?」

 既にススまみれ、汗まみれの坊が釜爺を見やる。

「ワシの作った釜ァこれくらいじゃビクともせんわ!」

 ボイラーが、再び勢いを取り戻した。とたん、ガラガラガラっ!と、薬湯の札が一斉に降ってきた。

「っしゃあ!チビども!気合入れていくぞ!!」

 ガーンガーンガーン、と、鈍い金属音がボイラー室に響いた。

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