■ハク様の長い長い一日■

8)今度こそ恋をしよう

梅が咲き、立春が過ぎると、町は春の色合いをいっそう濃くしていく。
それは都会の空気も同じで、季節感がなくなったとは言え、どこかわくわくするような、何かが起こりそうな予感をはらんでゆるやかに気温はあたたかくなっていく。

卒業旅行を控えて、旅行代理店の窓口はひっきりなしに訪れる客の対応に追われていた。

ピンポーン♪という電子音と共に、女性を模した音声が窓口が開いたことを告げる。

千尋は画面を切り替えて、次の応対に備えた。
カウンターの前に一人の男性が立っているのに気づき、顔を上げる。

髪を短く切り揃えて、ダークグレーのスーツ三つ揃いを着ている長身の男性のその顔は……。

「ハ……」

しっ、と、ウィンクをして人差し指を唇の前にたてて、静かに、と促す。

「約束通り、会いに来たよ、……今度はちゃんと口説くからね」

にっこり、と、微笑むハクに、千尋はほんの少しだけ困ったなと思いながら、これから起こるであろう出来事に胸をときめかせていた。

END

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