■ハク様の長い長い一日■

7)エウレカ!

千尋は先ほどから黙っていて、釜爺の言葉を心の中で反芻していた。

それが責任、それが仕事。
自分は、どうだったろうと。

自らの職分をまっとうする為には、怪我すらもいとわなかった釜爺と、自分の間には、これほどの隔たりがあるのか。

「……セン?」

宴はすでに幕となり、空は白々と明けようとしている。
まだセンと共にいたいと駄々をこねる坊をこづいて追い返し、ハクはようやく二人きりになれた千尋と共にいた。
かつて出合った、あの橋の上に。

「ハク……、私……」

千尋は己が恥ずかしかった。
理由はどうあれ自分は失敗から逃げ、最終的には仕事から逃げた。
お客様をもてなしたいという初心を忘れていた。
見失っていた目標を、釜爺はじめ、油屋の皆を見ていて千尋は取り戻しかけていた。

「帰らなくちゃ、逃げてきたの、色々な事から、私、自分が情けなくて……」

落ち込む千尋の肩を、ハクは掴み、顔を寄せて言った。

「でも、千尋はそれに自分自身で気づいている、……どうすればいいか、もうわかっているのだろう?」

ハクの顔の近さに一瞬千尋はたじろいだが、向かい合うハクのまなざしをはっきりと見据えて言った。

「私は、帰って自分の責任を果たします」

では、私も共に……、そう、ハクは続けたかった。
ここを出て、同じ世界で生きてゆきたいと、そう言いたいのに。

「ハク、色々ありがとう、私、あなたの事忘れない」

半泣きの笑顔で言われてしまって、ハクは言葉が継げなくなった。
いや、違う、そうではなくて、千尋と共に……と、続けるには間が悪すぎた。

「千尋……私は……」

「湯婆婆さんにも挨拶してこなくちゃ」

決断した千尋の動きは早く、くるりと背を向けそうになったのを、ハクはあわてて片手で肩をつかんで引き寄せた。

「いや、その必要は無い、もう皆眠りについでいるだろう、私が伝えておくから、だから、千尋、今しばし……」

再度、共に……、と、言いかけたところでハクと千尋の視線が交差した。
熱をはらんだハクの視線を千尋が軽やかに交わし、微笑む。

「ハク……あなたの事、本当に忘れない……今度こそ」

千尋、それは……と、ハクが言葉にする前に、千尋はハクの手をすり抜けて、草原に向かって走り出していた。
そして一度振り向くと、口に両手を添えてハクに向かって叫んだ。

「会いに来て!今度は、私絶対に忘れないから!」

くるりと、ひるがえり、千尋は門を抜けて言った。

いつの間に……と、ハクは苦笑しながら、しばらく青空と草原の間に立って、千尋の消えた草原を見つめていた。

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