■ハク様の長い長い一日■

5)ボイラー室!

ずんずんと進むうちに、ハクの魔法はとけてしまっている。
長身に女性の装束はちぐはぐでたいそう滑稽に見えた。

ボイラー室のくぐり戸を抜けると、たった一人で札をさばいていた栗毛の少年(それはかわいらしくも成長した坊であった)は、パニックになっているにも関わらずハクの姿を見て大笑いをし、後頭部にハクのげんこつをお見舞いされたのだった。

「いってぇぇぇ、それが跡取り息子にする仕打ち?!」

と、坊はひどく憤慨したが、共にいるセンの姿に驚いて、以降の別の言葉が継げなくなった。

「セン!」

「今は!……それどころではないだろう?坊」

にっこりと笑っているが、この顔が最も凶悪で性質が悪い事を、つきあいの長い坊はよくわきまえていた。

「ひどいものだ、これは、薬草がめちゃめちゃじゃないか」

坊は釜爺のように腕を伸ばして引き出しから薬草を取り出す事ができない。
その為、ボイラー室には坊が取り出そうとしてこぼしてしまったり、間違えて出してしまった薬草が散乱していた。

「釜爺は?」

坊の答えを待たずにハクが問う。

「ボイラーの、一号機の方へ行ってる、今は二号機と三号機で動かしてるけど、このままだと二号機と三号機ももたないかも……って」

「セン、手伝ってくれるね?」

坊が傍目で見ていても気味が悪いほどの微笑みでハクが言った。
(なんなんだよ、この差は……と、坊がぶーたれる)

「ハ……ハイッ!」

元気よく千尋が答えた。
ハクは釜爺の引き出しから書付を取り出し、千尋に渡した。
それには札の絵と、それに使う薬草の引き出しの位置が書いてある。

「この札の通りの薬草を引き出しから出してまとめて坊に渡しておくれ、先にまとめて作っておけば、一気にきてもあわてずに対応できるからね」

にっこり、という笑みはとても優しそうなのに、この表情には裏があるのでは……と、千尋も少し疑り気味だ。

「坊!薬草はセンが渡すから、坊は攪拌とポンプを頼む、出力は八割でいい、今日は幸い暖かいし、ぬるめの方がかっていい。とにかく、お湯のないままお客様を待たせる事だけは避けるように、私は釜爺のところへ行くから」

後ろ髪をひかれる思いでハクは千尋を残し、機械の隙間に入って行った。
猛烈な熱を発する湯気を避けながら、釜爺の姿を見つける。

「おじいさんどうですか、ボイラーの調子は?」

「おお、ハクか。いや、スマン、どうもオイルが悪かったようでな」

全身をオイルと汗まみれにした釜爺が答える。

「あなたらしくないですね、こんなミスは」

ぷすぷすと音をたてはするものの、本格的に火がつかなくなってしまったボイラーを前に、釜爺は発火部分をそっくり取り替えようと既に一部を分解し始めていた。

「間に合いますか?」

「何とかするさ、点火さえすりゃあな、他は生きとった」

「何かできる事はありますか?」

「上へ行ってくれんか、こっちはわしがなんとかする、お客様の方をな……兄役達ではこころもとない」

「そちらでしたら大丈夫、湯婆婆様が既にでばってますよ、私の出番はありませんね」

「あいつは外面だけはいいからなあ」

「確かに……、けれど、信用しているんでしょう?」

「でなきゃあんな性悪婆のところで、一日だってもつもんかい」

時間はあまりない、ハクは釜爺を一瞥してその場を後にした。
再びボイラーの熱気をよけながら戻る途中、驚くべき事にハクは銭婆に出会った。
湯婆婆の姉である彼女は、普段は油屋から六つ離れた駅近くの家に住んでおり、気まぐれに式神などを送ってよこす他は、あまり交流はないはずなのだ。

「銭婆、いったいどうしてここに……?」

「あの人はどこ?」

肩で息をし、いつもは涼やかに飄々としている銭婆らしくないうろたえようだった。

「釜爺……の、事ですか?ええ、ボイラーの修理に……」

ハクが最後まで言い終える前に銭婆はハクをすり抜けるようにして奥の釜爺の元へと行ってしまった。

「いったい……?」

すると、ややあって、奥から閃光が走った!
すると、それまで止まっていたはずのボイラーが轟々と音を立てて動き始めたのだった。
釜爺が……と、思い、振り向いた先には、傷ついた釜爺をかついで出てくる銭婆の姿があった。

「銭婆、これは……」

「白龍、床をのべて頂戴、心配しなくても死んではいないから」

傷ついた釜爺をかばうようにして、銭婆は心から頼む様子でハクに言った。

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